スタジオジブリ “耳をすませば”の続編 “耳をすまして” 第三幕 不法の知らせ

○イタリアのアトリエ

 聖司は椅子に腰かけ、バイオリンを作っている。

カランカランとドアのベルの音が鳴り、カトリーナとフラメンコが入ってきた。

カトリーナ「それここにおいて」

フラメンコはそういわれると、布がかかった、置物をアトリエの隅に置いた。

フラメンコはお辞儀をすると、帰っていった。

カトリーナはバイオリンを作っている聖司に後ろからゆっくりと抱き着く。

聖司の顔が赤くなる。

カトリーナ「いつも感心ね、えらいえらい、フフフフ」

聖司「……それなんです?」

カトリーナ「ああ、おばあちゃんが昔から大切にしてる置物、ようやく修理に出してたのが終わって、特殊な素材でできてる部分とかあるし、骨董品だから大変なのよ」

聖司「そうなんですか」

カトリーナ「どう順調?」

聖司「ええ、もう少しで完成です」

カトリーナ「次のコンテストで結果残せるといいわね」

聖司「ええ」

カトリーナ「それと、この前のことなんだけど?」

聖司「この前の?」

カトリーナ「ほらスッパ抜かれたでしょう?」

聖司「え?」

カトリーナ「何あなた知らないの?」

聖司「何がですか?」

カトリーナ「これよ」

そういうとカトリーナはアトリエにおいてあった雑誌を聖司に見せる。

聖司「な、なんだこれ。全くのデタラメじゃないですか」

カトリーナ「アトリエばっかりにこもってるからよ」

聖司「……」

カトリーナ「……で、あなたはこの記事読んで一体どんな気持ちなの?」

聖司「すみません。カトリーナさんに迷惑をかけてしまって」

カトリーナ「つまり?」

聖司「申し訳ない気持ちです」

カトリーナ「ふーんそれだけ、あっそう、私は別にかまわないけどね~」

聖司の顔が赤面する。

カトリーナ「まあ、じゃあがんばってね」

そういうとカトリーナはアトリエから出て行った。

聖司溜息を吐き、汗をぬぐったあと、ふと慌てだす。

聖司「と、こうしちゃいられない」

聖司、机から便箋とペンを取り出すと、雫に手紙を書きはじめる。

 

○雫のアパート

雫はこたつで、杉村の甲子園の映像を見ている

TV「さあ、杉ノ宮高校の杉村投手、ここまで一人でこの夏を投げぬいていいます」

そこに裕子が酔っ払いながら、雫のアパートに入ってきた。

裕子「ただいま~」

雫「ただいまって、あんたの家ここじゃないでしょ? お父さん心配するじゃない」

裕子「いいのいいのどうせお父さんと喧嘩してるし、終電逃したから朝帰れば」

裕子はキッチンに行きコップに水を入れると、一気に飲み干しこたつに入った。

雫「待って今布団しくから」

裕子「いいのいいの、始発までだから、それより聞いてよ雫~」

雫「また男?」

裕子「そうなの、全然いい男いなくてさ~」

雫「まったく?」

裕子「う~ん二人くらいいい男はいたけど、彼女持ちだし、もう一人は友達が先に目を付けたのは私だからって……」

雫「そう」

裕子「お、野球見てるの?」

雫「うん」

裕子「お、杉村」

雫「うん、今度うちの会社の企画で取材しなきゃいけなくなったんだ」

裕子「ふ~ん」

雫「裕子さ、なんで中学の時杉村のこと好きだったの?」

裕子「なんでって? それは……あれ何でだっけ?」

雫「一目ぼれ?」

裕子「一目ぼれ? いやそんなわけあるか~、だって杉村全然かっこよくなかったし、一目ぼれするなら天沢君みたいな背の高い頭のいい子が私はタイプかな~」

雫「じゃあなんで!?」

裕子「やっぱり受験が近くて誰かと恋愛したかったってのはあったと思うけど」

雫「それなら山崎でよかったじゃない、裕子にラブレターだした」

裕子「……目かな」

雫「目?」

裕子「うん、目……なんかさ、杉村の奴やたらといつも目が輝いてたんだよね、まるで宝石のような、恋する乙女みたいな目、何かに夢中になってる男の目っていうのかな? 多分野球に夢中だったから、そういう何かに夢中になってる人の目って違うんだと思う」

雫「そうか、でも杉村の野球してる姿、裕子みたことあるの?」

裕子「う~んない」

雫「じゃあなんで?」

裕子「わからないよ、でもなんかいつも杉村を見かけるたびに目が輝いてたんだもん」

雫の中で今日山崎に言われた言葉が児玉した。

 

“山崎「仮に杉村と原田が会話をしてたとして、そこには必ずと言っていいほどお前がいたはずなんだ、なぜかって、杉村はお前に話しかけに来てるんだからな」

 

山崎「毎日毎日、杉村がお前に目を輝かせながら話しかけに来た、二人は楽しそう、まるで夫婦みたいに仲がいい、現に俺たちはお前と杉村がもうすでにデキてるんじゃないかとすら思ってた、しかし杉村は誰にも、バッテリーを組んでる俺にさえ、お前のことが好きだなんて口にしなかった。野球をしているときの目とお前と話してる時の目は一緒だった」”

 

裕子「プロ野球選手か~、やっぱり私の目に狂いはなかったのにな~、玉の輿か~」

雫「裕子今でも杉村のこと好きなの?」

裕子「そんなわけないじゃん、そりゃ今あいつは野球界のスター選手だし、リッチマンだし、足なんかスーと長くなったけど、別にあれはあの時のなんていうの、受験近かったし」

裕子はそういうと、こたつに入ったまま寝ころんだ。

裕子「ちくしょーアイツまだ奥さんと別れない~」

雫は静かな声で囁いた。

雫「他人の物欲しがるの昔っからの裕子の悪い癖よ……」

裕子「ZZZZZZZ」

雫はため息をつくと、テレビのボリュームを下げた。

TV「杉ノ宮高校二回戦進出です!」

 

 

○グラウンド 

雫は杉村の取材のためグランドにいた。

杉村がマウンドで投球練習をしている。

杉村は雫に見られていることに気が付いていない。

雫は杉村に少し見とれてしまっていた。

すると、グランドにいた他の選手が雫に話しかけてきた。

他の選手「えっと取材かな? 杉村の?」

雫「はい、……あのなぜ杉村選手の取材ってわかるんですか?」

このグラウンドには選手たちが大勢いるのになぜ杉村の取材だとわかったのか雫は疑問に思った。

他の選手「だって、君の杉村を見る目が輝いてたから」

雫「はあ」

他の選手「ここじゃなくて、部屋で待っててよ、杉村の練習が終わったら、そっちに行かせるから、アポはとってあるんでしょ?」

雫「あ、はい。……ありがとうございます」

 

○取材室

しばらく雫が取材室で待っていると、杉村が入室してきた。

雫は椅子から立ち上がる。

杉村「すみませんお待たせして」

雫「あ、はい」

杉村、雫に気が付く。

杉村「月島!?」

雫「こんにちは」

杉村「ははは、出版社に勤めてたのか」

杉村の体はさすがアスリートといえるほどに鍛え上げられてて、身長も185センチと中学時代からは考えられない身長をしていた。

雫「うん。ただの野球バカじゃなかったんだね杉村……」

杉村「あいかわらずだな月島は」

雫「身長伸びたね」

杉村「ああ、強豪校に進学したら、飯もトレーニングの一環だとか言って、たらふく食わされるし、炭酸は飲むなだの」

雫「そっか」

杉村「成人式の時は俺すぐ帰ったから、月島とは顔を合せなかったもんな。お前まだ書いてるのか?」

雫「うん全然だめだけど」

杉村「大学はいかなかったのか?」

雫「短大」

杉村「そうか、よしそれじゃあインタビューおねがいな」

雫「ありがとう」

杉村「どれどれ、同級生のよしみだ、その質問リスト見せてみろ」

雫「え? いや」

杉村「いいだろ、全部答えてやるよ」

杉村はそういうと、質問リストを奪い取った。

雫「ちょっと」

杉村「あっ……」

雫はしまったーという表情が顔に出る。

雫「部長がね、どうしても聞いて来いって、ほらうちは小さな出版社だから、地域密着の仕事とか多くて、今なんか杉ノ宮周辺の本を書くために商店街を回ってるとこ、あ、そうそう山崎にあったよ、彼お寿司屋だったんだね」

杉村「おお、元気してたかアイツ、俺もたまに行くんだよあの店」

雫「うん、元気だったよ」

杉村「っと、それで、この熱愛報道だよな」

雫「うん……」

お互いの顔がすこし赤くなる。

雫「ごめんやっぱりいい、部長には私から話しておく」

杉村「これは真っ赤なウソ、デマ情報だ」

雫「え? じゃあアイドルと付き合ってないの?」

杉村「ああ、マスコミってのは勘違いさせるようなことを大々的に報じやがるからよ」

雫「じゃあ彼女も今のところいないの?」

杉村「いや、彼女はいないことはない」

雫「ほらやっぱり付き合ってるんじゃない」

杉村「いや、アイドルじゃなくて、うちの監督の娘さんと」

雫「え!?」

雫は同様を隠せなかった、なぜ同様を隠せなかったのか? それは他社がスッパ抜けない情報を自分が入手したからなのか? はたまた自分が杉村のことを……。

杉村「まだ結婚とかそういうんじゃないけど、なんだお見合いみたいな、ほとんど強引に、監督がさ、……お前はいずれうちの球団をしょって立つ男だからって、何度も二人で食事にいかされてる」

雫「なんでそれを私に? ……それ記事にしてもいいの?」

杉村「お前小説家になるのが夢なんだろ? だから出版社にも勤めてる」

雫「うん」

杉村「俺お前には幸せになってもらいたい、夢をかなえてもらいたいんだ、そのことで俺がお前にできることがあるなら、俺は協力したい」

杉村の顔が赤面する。

雫「…………」

すると、そろそろ時間なのか、廊下の方から、杉村を呼ぶ声が聞こえてきた。

杉村「ああ、もうこんな時間か、じゃあ俺まだやることあるから」

雫「あ、ありがとう」

杉村「そうだ、今度飯でも食い行こうぜ、山崎寿司」

そういうと杉村は雫に電話番号を渡し部屋からでていった。

 

○取材からの帰り道

雫は信号待ちをしていると、近くを三人の中学生が通り過ぎる。

一人は野球部らしいバックを背負っていて、あとの二人はショートカットの女の子、もう一人は背の高いソバカス顔の女の子。

ショートカットの女の子「たくあんたって本当に野球しかできないのね」

野球部の男「ひでーな、ようやくレギュラーで三回戦突破したんだぞ!」

ショートカットの女の子「でもテストの点数低いと、監督試合出してくれないんでしょ!?」

野球部の男「ギク」

ショートカットの女の子「仕方ないな~、私がお勉強を手伝ってやるか」

野球部の男「お前いつも山はりだろ」

ショートカットの女の子「失礼な、実力です」

その二人の会話をじっと聞いている、ソバカス顔の女の子。

 

雫は少し彼らを見ながら、中学時代を思い出す。

確かに今の年齢になってみれば、中学時代の杉村の私に対しての言動や行動は、好きな女の子にちょっかいをだす男の子そのものだとすぐにわかった。

 

○葬式

不法の知らせは突然訪れた。

聖司のおじいさん、西伺朗が亡くなった。

その知らせを聞いた、聖司は急遽日本に返ってきた。

棺の中で眠るように横たわる西を雫と聖司は見送った。

***

葬儀が一通り終わり、お通夜の席で聖司は縁側で悲しみに浸っていた。

それに寄り添うように雫は聖司の肩を抱いた。

とてもスキャンダルのことを責められる状況ではなく、また聖司の様子もそれを聞きいれられる状態ではなかった。

 

○雫のアパート

その夜聖司は雫の家に泊まった。

聖司「俺の夢を応援してた、唯一の見方だったおじいちゃんが……ちくしょう間に合わなかった、じいちゃんに俺が一人前になった姿を見せられなかった、じいちゃんの中では俺はずっと磨いてはいけないただの石ころのままだ……」

雫は悲しみに打ちひしがれる聖司を抱き寄せ。

そして二人はその夜ベットをともにした。

 

○イタリアのアトリエ

聖司はコンテストが近いので一度イタリアのアトリエへと帰っていた。

コンテストが終わったらもう一度、西の遺品整理などのため日本に帰る予定である。

アトリエにて、聖司は激怒した。

聖司「ダメだ! 全然だめだ! ちくしょう! コンテストが近いってのに」

聖司はスランプに陥っていた。

そして、そんな中迎えたバイオリンづくりコンテストで、聖司は入選すら獲得できなかった。

コンテスト落選から、しばらくしてのことだった。

ふと聖司は休憩時間に、アトリエの隅にある置物に目がいった。

カトリーナが少し前におばのものだと言って持って帰ってきたものだ。

聖司は置物の布を取ってみた。

するとそこには貴婦人の猫の人形の姿があった。

聖司「これは」

聖司はじいちゃんが大切にしていたバロンのことを思い出した。

しばらくしてカトリーナが帰ってきてそのことを聞いてみると。

カトリーナのおばにとって、この貴婦人の人形が生き別れた大切な人の唯一の手掛かりであり、約束の品だということが分かった。

聖司は運命を感じずにはいられなかった。

その後、聖司はカトリーナのおばに、自分のおじいちゃんである西伺朗とバロンのことを話した。