スタジオジブリ “耳をすませば”の続き “耳をすまして” 第六幕 好きな人ができました

○向原中学校グランド 

日曜日。

かつて雫と杉村、として聖司が通っていた向原中学校のグランドでは、大勢の野球少年たちが練習をしている。

その中心にいるのは杉村だ。

杉村「いいか、じゃあ守備ついて」

そういわれると、少年たちは一目散に走りだす。

杉村はボールをノックする。

カキーンと爽快な金属音がグランドいっぱいに響き渡る。

雫はそれをベンチで見ている。

途中、雫が座るベンチにボールが転がってくると、それを拾いに来た杉村と目が合った。

杉村と雫は顔を赤らめる。

そこから少し離れたフェンス越しから、聖司は二人の様子を見ていた。

まるで、昨日のアパートから出てきたことといい、日曜日に雫がグランドに行ってることと言い、まるで二人が付き合っているのではと思った聖司は、とうとういてもたってもいられなくなり、雫に駆け寄った。

聖司「雫……」

自分の名前を呼ばれて、雫は振り向いた。

雫「聖司……」

聖司「ちょっと来てくれないか?」

雫「何をいまさらになって」

聖司「ごめん」

雫「婚約したんでしょ? 綺麗な人ね」

聖司「ちがう、アレは誤解なんだよ」

雫「誤解? じゃあ赤ちゃんをおろしてくれって言ったのも誤解なの?」

聖司「おろせなんて言ってないじゃないか、ただ俺はまだ心の準備がって」

雫「一緒のことでしょ、私にはそう聞こえたわ」

聖司「なあ、お前杉村と付き合ってるのか?」

雫「さあどうでしょう」

聖司「この前、お前のアパートからアイツが出てきたの見たんだ俺」

雫「何! 見てたの!? 気持ち悪い、それで私たちの会話聞いててここに来たってわけ?」

聖司「ああ、だけど気持ち悪いっておい、俺はただ、またあの時お前に告白したあの日みたいに、窓に向かってお前が顔を出すことを念じてただけだ」

雫「……」

聖司「なあ、お前に見せたいものがあるんだ、ちょっと来てくれ、ちょっとでいい」

雫「……」

聖司「三十分だけ時間をくれ」

雫「……」

雫はグランドで子供たちに指導している杉村を見る。

雫「二十分」

聖司「わかった」

そういうと、聖司は自転車を持ってきて、雫に荷台に座るように指示した。

***

聖司は自転車に雫を乗せると、かつて中学時代に雫に告白するために登ったあの坂を再び登りはじめた。

しかし、雫はもはや妊婦であり、三人分の体重を乗せて登るには余りにも過酷であった。

雫「だいじょうぶ?」

聖司「大丈夫だ、俺決めたんだ、お前を乗せてこの坂をもう一度登るって」

雫「聖司……わたし」

聖司「何も言うな!」

がんばっていた聖司を見かねて、雫は自転車を降り、自転車を押し始めた。

聖司「クソー! またか」

雫「たく聖司はいつもそうなんだから」

雫は少しだけ微笑んだ。

そして、かつて二人で見たあの高台に二人はたどり着いた。

日の出じゃなく日の入りだが、雫はかつて聖司に告白されたあの日を思い出した。

聖司・雫「「あの」」

聖司「どうした?」

雫「うん、聖司から」

聖司「雫、俺と結婚してくれないか! 二人でいや三人で一緒に暮らそう」

雫「でもイタリアは? バイオリンづくりの夢はどうするのよ?」

聖司「イタリアはあきらめる、だけどバイオリンづくりの夢はあきらめない、そしていつか一人前になって、じいちゃんのいる天国に俺の名前が届くぐらいのバイオリンづくりになってみせる!」

雫「でも、カトリーナさんとは?」

聖司「あれは誤解なんだよ」

雫「誤解?」

聖司「ああ、全部記者が書いたでたらめだ」

雫「…………」

聖司「なあ、雫俺と結婚してくれ」

そういうと聖司はポケットから指輪をだした。

しかし、雫は受け取らない。

雫「私、……私もうどうしていいのかわからない」

雫は顔を両手でおおい泣き始める。

聖司「わかるだろ、悩む必要なんかない俺と一緒になるんだ!」

雫「……私聖司のことは今でも好きよ、だけど……」

聖司「だけど?」

雫「だけど、私だんだんと杉村のことが好きになっていってる自分がここにいるのよ……」

聖司「俺じゃダメか? そんなに杉村がいいのか?」

雫「わからない、まるで空が落ちてきたみたい」

聖司「雫」

雫「少し考えさせてほしい……」

聖司「……」

雫「私じゃあ、もう行くね……杉村が待ってるから……」

 

○向原中学校グランド

野球少年達は杉村を中心に円になっている。

杉村「よし、今日の練習はここまでだ」

少年達「はい」

すると、鼻水をたらした少年が黒い小箱を持って杉村に問う。

鼻水少年「あの、コーチ」

杉村「ん?」

杉村は少年の持つ小箱を見る。

杉村「しまった!」

鼻水少年「これ、コーチが落としましたよ!」

杉村「お、おうありがとう」

鼻水少年「コレ指輪ですよね?」

すると今度はキャプテンが、

キャプテン「おお! 監督! さてはあのねえーちゃんと結婚すんのかよ!」

すると次々に少年達は杉村をはやし立てる。

杉村は慌てて鼻水少年から指輪を奪い取る。

杉村「今日の練習はここまで解散!」

 少年達はブーブー言いながら、更衣室へと歩いていく。

杉村はグランド近くのベンチに目をやる。

そこには雫が座っている。

 

それからしばらくして、杉村はお金のために元地球屋の物件を売りに出した。

しかし、それは聖司のことを思ってだったに違いない。

聖司はローンを組んで地球屋を買い戻した。

 

――――――それから半年後――――――――――――――――――――――――

○ 教会 結婚式場

雫は純白のウエディングドレスを身にまとっている。

雫の父、月島靖也がそれを見て、

靖也「似合ってる、母さんの若い時そっくりだ」

雫「ありがとう…………おとうさん」

靖也「ん?」

雫「私これでよかったのかな?」

靖也「ああ、……杉村君を選んでも、聖司君を選んでもどっちの子も雫を幸せにしてくれていたとお父さんは思うな」

雫嬉しそうにうなずく。

雫「あっ!」

靖也「どうしたんだい?」

雫「いい話思いついた!」

靖也「ははは、こんな時でもたく雫は」

雫「これはすごいいい話、題名は“猫の恩返し”」

ドアの外にアナウンスが聞こえてくる。

靖也「そうか、でも今は」

雫はにっこりとほほ笑む。

アナウンス「それでは新婦の入場です」

ドアが勢いよく開くと、まるで野球部の声援のような祝福の声がたくさん聞こえてくる。

開場は綺麗なバイオリンの音色で包まれている。

その音色に耳をすませば、その先に新郎の姿が――――――

耳を澄ませて彼の誓いの言葉を聞いてみよう――――—―

好きな人ができました――――――