スタジオジブリ “耳をすませば”の続編 “耳をすまして” 第二幕 ラブレターの真実

 

――――四年後―――—―――—―――—―――—

 

〇雫のアパート

朝。

雫はパンをくわえてアパートを飛び出した。

雫「たく、なんで目覚まし時計ならないのよー」

裕子「雫~忘れ物~バックー」

原田裕子がベランダから雫のカバンを振っている。

雫「あっ!」

雫もう一度玄関に行き、裕子からカバンを受け取る。

裕子「ごめん、間に合う? 私まだ支度できてないから、鍵いつものとこ置いておくからもう少しゆっくりしてていい?」

雫「うん、傘立ての下にいれといて」

裕子「ありがとう、こういう時お母さんのありがたみがわかるものよね、やっぱ一人暮らしって大変ねー」

雫「たく、これだから実家暮らしの四大生は」

裕子「ごめんごめん」

雫「行ってきます!」

雫は走って踏切を渡り、大急ぎで改札口を通りると、ギリギリのところで電車に乗れた。

車内アナウンス「駆け込み乗車はおやめください」

 

雫「たく裕子の奴の失恋話聞かされたせいでー」

 

聖蹟出版オフィス

雫は何とかすべり込みで自席につく。

隣の席の同僚のエリカか雫に向かって、

エリカ「ギリギリじゃない」

雫「ごめん、課長は?」

エリカ「うんうん、まだ来てないみたいだから大丈夫」

すると課長がオフィスに現れる。

社員達は次々と椅子から立ち、課長のほうを見た。

課長「おはよう」

社員一同「おはようございます」

課長「今日も皆ちゃんと働いてくださいね。と挨拶はこれくらいにして、新しい企画を企画部のほうからいただきまして、そのプロジェクトチームを勝手ながら組ませていただきました。呼ばれたら、ミーティングおわりにミーティング室に来るように」

社員一同ザワつく。

課長「佐々木、堂本、木村、加藤、そして、月島」

雫「え! わたし?」

課長「以上だ」

 

○ミーティング室

雫「課長なんで私なんでしょうか?」

課長「ああ、上からの決定だよ」

雫「でも私全然新米ですし」

課長「いやね、この企画は地域密着型の企画なんだよ、街の古くからある店をマップみたいな感じに紹介して、地域の活性化を図ろうって市のほうから提案されたものでね、君は杉ノ宮近隣に住んでいたし、街のことには他の人よりも詳しいだろ? それに若者育成のためっていうのがね」

雫「はあ」

課長「大丈夫すぐほかの人にも何かしら割り振るし、君の担当は主に取材だから、若い人のエネルギッシュな活躍を期待しているよ」

雫「はい」

課長「これが資料だから」

そういうと、課長は大きなファイルの山を雫に手渡す。

課長「まあ気ままにやりたまえ」

雫「はあ」

課長「君、編集部希望だったよね確か?」

雫「はい」

課長「これがうまくいけば編集部に行けるように上に頼んでみるから」

雫「……(元気よく)はい!頑張ります!」

 

○雫のアパート

雫はリビングの机で資料とニラめっこしている。

リビングのテレビからはニュースが流れている。

裕子はキッチンでコーヒーを入れている。

裕子「ごめんね、結局二度寝しちゃって」

雫「うん」

裕子「そうそう昨日の続きなんだけど、そりゃ相手には奥さんはいるわよ、だけど最初に別れてくれるっていったのよアイツ」

雫「……」

裕子はコーヒーを雫に持ってくると椅子に腰かける。

裕子「はい、コーヒー」

雫「ありがとう」

裕子「どうしちゃったのそんなにやる気出して」

雫「これがうまくいったら、編集部にまわしてくれるって」

裕子「え、やったじゃない」

雫「うん」

裕子「それじゃあ、私は邪魔しないようにします」

そういうと裕子はテレビに目をやる。

TV「えー続いて、あの有名な音楽家ギルモア・フランチェスコの御令嬢の、バイオリニスト、カトリーナ・フランチェスコさんがなんと日本人男性と熱愛とのこと」

裕子「あれ」

TV「なんとお相手は、バイオリンづくりの青年だそうで」

裕子「ちょっと、ちょっと雫」

雫「なに、うるさいわね」

裕子「テレビテレビ」

雫テレビをみる。

テレビには、カトリーナと2ショットで歩く聖司の姿がスッパ抜かれている。

雫「え、聖司!…………あの野郎!!」

雫椅子から立ち上がると、便せんをバックから取り出して手紙を書き始めたが、イライラが抑えられなくなり、くしゃくしゃにしてテレビに投げつけた。

雫「やな奴!」

裕子「何かのまちがえよ……ほら、もう少しで成人式だし、その時に聞けば、ちょうどいいじゃない」

雫「ふん!」

裕子「天沢君帰ってくるんでしょ?」

雫「うん……」

雫再び椅子に腰かける。

 

○成人式会場前

成人式会場前は振袖を着た若者たちで盛大ににぎあわれていた。

成人式も無事に終わり、会場前で昔懐かしい旧友との再会などや思い出話に花を咲かせている。

その人だまりの中から、かつてよく保健室で一緒に恋愛話や将来の夢を語り合った中学時代の同級生、絹代とナオが裕子と雫を呼ぶ。

絹代「雫、裕子も久しぶり~」

雫「うん絹代もナオも全然変わらないね」

ナオ「雫こそ、裕子一緒に写真とろうよー」

裕子「うん、ほら雫」

雫「うん」

ナオ「ほら、はいチーズ」

 

パシャ

 

ナオ「あとで写真送るね」

裕子「うん」

雫「……」

絹代が元気のない雫のことについて、裕子に問う。

絹代「雫どうしたの?」

裕子「ほら天沢くんがこれなくなったから」

絹代「え! まだ付き合ってたの!? ビックリ、だってこの前ニュースで」

ナオ「うんうん、私もテッキリ」

裕子「シー」

絹代・ナオ「……」

裕子「雫」

雫「ん? ああ大丈夫私に気使わないで」

絹代は空気を読み話題を変えにかかる。

絹代「そうだ、今日の同窓会楽しみだね、二人は髪型どうする? とかしていく? それともこのまま? やっぱせっかく綺麗に整えてもらったからこのままのほうがいいいよねー」

裕子「うん、私は髪とかしていく、なんだか落ち着かなくて」

雫たちのすぐ近くでは、同じ中学の野球部の連中がふざけて胴上げなどをして盛り上がっている。

雫「たく、男ってホントにいつまでたってもガキだよね」

すると、一人の男が裕子の方に近づいてくる。

雫「あれあの人」

裕子もすぐに気が付いた。

そう彼はかつて、中学時代に裕子にラブレターをだした、男、野球部でキャッチャーをしていた山崎である。かつては坊主頭がトレードマークの野球部員も立派に丸米を引退していみると、かなり男前であることに気が付く。

裕子は赤面し、髪型を直し始める。

雫もその様子を見てクスクス笑いだす。

しかし、裕子の方へ歩いてきた山崎は、まるで道端の石ころを気にせず通り過ぎるかのように、裕子に気がつかずに道路へと向かった。

裕子「なにアイツ! 私にラブレターまで出したくせに」

雫「(笑)これじゃあ裕子の方が気にしちゃってる感じだね」

裕子は雫を睨んだ。

そんな出来事のすぐあとに、急に回りがざわめきだした。

みんな、道路わきに現れた一台の黒い高級車に目が行く。

それを出迎えている山崎。

中から現れたのは杉村だった。

杉村が車から出てくると、人々が一層ざわめきだし、黄色い声援が飛び交う。

女性「キャー杉村君こっち向いてー」

男性「おお、杉村だ、プロ野球選手の杉村だよ」

山崎「おそかったじゃねーか」

杉村「いや、なかなかスケジュールが合わなくて」

杉村が歩いていくのはかつての同胞たち、向原中学校の野球部連中のところだ。

杉村は楽しそうに笑っている。

 

 

 

○聖跡出版ミーティングルーム

成人式からしばらく経ってのことだった、雫は部長直々に呼び出しを食らった。

ミーティングルームにつくと、部長と課長が二人そろって雫に不敵な笑みを浮かべてきた。

部長「ああ、月島君かけたまえ、さあさあ、出前でも取るか? (課長に向かって)おい」

課長「はいただいま」

雫「いいえ結構です。」

課長「そうかね」

雫「話ってなんでしょうか?」

部長は咳払いをすると、口を開いた

部長「えー、実をいうとだな、君に少しスポーツ選手のインタビューなんかをお願いしたくてだね」

雫「私にですか?」

部長「(課長に向かって)おい」

課長「君は聞いたところによると、あのプロ野球選手の杉村投手と幼馴染っていうじゃないか」

雫「え、まあ」

課長「この前成人式の様子が地域テレビで出てきて、同じ会場にこりゃ、杉村投手とあなたがチラっと映るじゃありませんか」

雫「はあ」

課長「そこでだ、杉村投手に単独インタビューを頼んでくれないか?」

雫「え、でもこの前いただいたプロジェクトもありますし」

部長「そんなのいいから、ね、頼むよ」

課長「そうそうだれか適当に、他の人にやらせるから」

雫「いやでもこれは私が初めて受けたプロジェクトなので、もう取材も始めていますし、アポだってとっています、いきなり人が変わったら商店街の方々にもイメージはよくないと思います、なにより失礼です」

部長「……そうか、……よし、課長」

課長「わかりました、あのプロジェクトはコチラで調整しますので、出版の方を少し遅らせることにします」

部長「よしよし、そういうことだから、月島君頼んだよ! 君には期待しているから、もしよいネタなんか持ってこれたりしたら」

月島「よいネタというと?」

部長「ほら、君も年ごろなんだしわかるだろ?」

そういうと課長が、他会社の雑誌を机に乗せる。

そこにはデカデカと『杉村投手、今を時めくアイドル柊あずさと熱愛か?結婚は秒読み段階?』 という記事が。

部長・課長「「ね!」」

雫苦笑い。

 

 

 

○杉ノ宮駅前商店街

雫は地図を見ていた。完全に道に迷ってしまった。

新プロジェクトのため、この杉ノ宮商店街の店を一軒一軒回ってはや一週間になる。

そして今日はこの街に古くからある山崎寿司の取材だ。

この山崎寿司は最近三代目になる息子が店を手伝っているため、念入りに取材することと課長から言われている店だ。

昼の時間はランチタイムで忙しいため、今日の最後に取材の時間を調整していた。

雫「なんで地図があるのに迷うのかしら私」

その時一匹の猫が近くを通った。

雫は猫に近づくと、

雫「猫くん道教えてくれない? 私山崎寿司に行きたいの」

猫「みゃー」

雫「って教えてくれるはずないか」

雫はしゃがみこんで、猫の頭を撫でた。

すると、首飾りに“山崎寿司”と書いてあることに気づいた。

雫「あれ、君は山崎寿司さんの」

猫「みゃー」

いきなり猫が走り出す。

雫「ちょっと猫く~ん、待って!」

雫も猫の後を追う。

第一商店街を抜け第二商店街の境目まで行くと、猫は突然塀に上り姿を消した。

雫「ちょっとー」

雫は背伸びして、塀の奥を見る。

すると、塀の割れ目から、“寿司”という文字が見える。

雫「あった!」

 

○山崎寿司

準備中の看板がかかったドアを開け暖簾をくぐると中には当たり前だがお客の姿はなかった。

するとカウンターの方から、この店の人の声が聞こえてくる。

山崎「ありゃ、お客さんまだ準備中ですので」

雫「あの私本日取材の件で聖蹟出版からまいりました」

雫は急いで名詞をカバンから取り出そうとするが見つからない。

山崎「あ、月島雫」

雫「え!? なんで私の名前を?」

山崎「さてどうしてでしょう?」

雫「図書カード?」

山崎「なわけあるか」

雫、山崎の顔をまじまじとのぞき込む。

山崎帽子をとると、帽子を胸に当て、

山崎「バチコーイ!」

雫「(驚き)あ、ああ!」

そこにはかつて裕子にラブレターを出した山崎の姿が。

 

***

 

雫カウンターに腰かけている。

雫「まさかあんたがこんなところで働いているなんて実家寿司屋だったんだ?」

山崎「ああ、俺で三代目、親父はまだピンピンしてんだけど、野球辞めたお前に生きる価値なんてないからとっとと店出ろ! だとよ」

雫「ふ~ん。そうなんだ」

山崎「すごいよな杉村、今や希望の星だよな」

雫、店に飾ってある野球チームの写真に目をやる。

雫「野球いつまでやってたの?」

山崎「甲子園三回戦九回の裏までだ、……杉村とは中学の時からバッテリーでよ、同じ高校に進学して甲子園に……今ではいい思い出だよ」

雫「プロにならなかったんだ?」

山崎「俺くらいの選手は毎年星の数ほど現れて引退していく。だけど杉村はドラフトにかかった。……最後の夏、あいつの球を受け止めて握りこんだミットの感触は今でも忘れない……」

雫「すごいな~」

山崎「今じゃここで寿司握ってるけどな、……あいつもたまにフラっとここに食べにくんだぜ」

雫「へ~」

山崎「あとは奥さんもらって子どもに野球教えてってのが俺の人生かな」

雫「てことはまだ結婚してないんだ?」

山崎「当たり前だろ! まだ二十歳だぜ俺ら」

雫「じゃあ彼女は?」

山崎「彼女ね~、これっていう女がいないんだよ、今の今まで」

雫「またまた~、中学時代裕子にラブレター渡したくせに」

山崎「裕子? 誰だ裕子って?」

雫「え? 原田よ原田裕子」

山崎「原田?」

雫「あんた最低、これだから男は、女の気持ちなんてなんも考えないんだから!」

雫は席を立ち出口へと向かった。

山崎「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

山崎すかさず、出入り口へ立ち雫を通せんぼ。

雫「じゃまよ!」

山崎「原田って、あのそばかす顔のおさげの」

雫「いまさら、あんた好きだった女の子の顔忘れたの!?」

山崎「いや好きっていうか」

雫「はは~ん、さては大将照れかくしでしたか」

山崎「いや照れるもなにもむしろ、嫌いだあいつは」

雫「え、何?」

山崎「だから嫌いだったんだ原田」

雫「嫌い! じゃあなんでラブレターなんて出したのよ!」

山崎「それは、杉村の……」

雫「なに!?」

山崎「話すと長くなるぞ……とりあえず座れよ」

そういうと雫はカウンターに腰かけ、山崎もカウンターに戻った。

山崎「何か食うか?」

雫「ごまかさないでさっさと話しなさいよ」

そういわれ、山崎はぽつりぽつりと語りだした。

山崎「お前杉村のことどう思ってた?」

雫「そりゃあ、プロ野球選手なんてすごいなって」

山崎「ちげーよ、中学生の頃だよ」

雫「中学生の時? そりゃ頭は悪いし、容量も悪い、不器用だし、ただの野球バカで、野球しか頭にない」

山崎「ああそして、お前が好きだった……」

雫「……でも裕子が杉村のこと」

山崎「お前、隣の芝は青く見えるってことわざ知ってるか?」

雫「……」

山崎「お前杉村の気持ち気が付かなかったのか?」

雫「気づくわけないよ、アイツはただの友達で」

山崎「嘘つけ、俺たち野球部は、いや、ほかの奴だって気がついてたさ、そしてお似合いだと思った、いや、はたから見ればカップルにだって見えてた」

雫「そんなわけないよ」

山崎「いいか、恋愛に予約制度はないんだ」

雫「私の話はいい、それが裕子にラブレターを出したことと何の関係があるっていのよ!」

山崎「原田の奴は、杉村と話したことはあるのか?」

雫「え、あると思う……たぶん」

山崎「たぶんだ?」

雫「いや、話してた」

山崎「いや話してないね、話すっていうのは、お前と杉村みたいなことを言うんだよ」

雫「……」

山崎「仮に杉村と原田が会話をしてたとして、そこには必ずと言っていいほどお前がいたはずなんだ、なぜかって、杉村はお前に話しかけに来てるんだからな」

雫「そんなの」

山崎「毎日毎日、杉村がお前に目を輝かせながら話しかけに来た、二人は楽しそう、まるで夫婦みたいに仲がいい、現に俺たちはお前と杉村がもうすでにデキてるんじゃないかとすら思っていた、さっきも言ったろ? ……しかし杉村は誰にも、バッテリーを組んでる俺にすら、お前のことが好きだなんて口にしなかった。しかし野球をしているときの目とお前と話してる時の目は一緒だった。」

雫「……」

山崎「楽しそうに会話をするお前らを見ていて原田はこう思ったんだ、私にもこういう人が欲しいな~、潜在的に思っただけで本人は意識してないかもしれない、だがお前らがうらやましかったんだ」

山崎「大方、受験も近かったし、だれか好きな人と励ましあって乗り切れたらな~、なんて少女漫画や安っぽいメロドラマみたいなことでも考えてたんだろうよ」

雫「……」

山崎「そして原田は“杉村が好きだ”とお前に言った、何も好きになるような具体的なエピソードすらないのに」

雫「そんな、一目ぼれだったかもしれないじゃない」

山崎「いや、杉村は今となっちゃープロ野球選手だが、あんときはまだクロチビだし、一目ぼれするような容姿はしてない、足だって野球部で一番遅かった、そしてお前も知っての通りのバカだ」

雫「……」

山崎「そして、そんなときにアイツが現れた、天沢聖司だ」

山崎「杉村の恋は原田によって壊され、お前は天沢と頻繁に出かけるようになった」

雫「それは」

山崎「俺は毎日気丈にふるまってはいるが、肩を落として真摯に悲しむ杉村の気持ちが伝わってきた、だがあいつは、毎日楽しそうにデートするお前と天沢を見ても誰にも話さず、唇をかみしめ続けたんだ、だがよ、バッテリーってのは夫婦同然、あいつが放る球がよ、ミットに刺さるたびに、俺悔しくて悔しくて」

山崎「俺はお前と天沢が付き合うずいぶん前に、原田が杉村に好意を抱きだしてるんじゃないかと気が付いたんだ、いやお前と杉村の関係を羨ましがってるんじゃないかって」

雫「それでラブレターを裕子に渡したの?」

山崎「ああ、だけどすぐに遅かったって気が付いた、そうあの日」

雫「あの日?」

山崎「あれはグランドの横のベンチでお前と杉村が話してた時、確か野球のバックを取ってくれって杉村がお前に頼んでた時……その隣の原田の様子を見て、これはまずいと思った、もう手遅れかもしれないと……仮にもしお前に原田が、杉村のこと好きなんて言ってみろ、お前と原田は親友同士、親友の好きな人とは付き合えない、とたいていの奴なら考える。そうすると杉村の恋は絶対叶わなくなっちまう、もし付き合いでもしたら、私の気持ち知ってて杉村に手を出したんでしょ?ってなるんだ絶対!」

山崎は帽子を取りカウンターにたたきつけた。

山崎「お前と天沢が付き合う前に、原田がお前に余計なことを言う前に、原田の気を誰かにそらせないかって、それで俺は原田裕子にラブレターを渡したんだ」

雫「……そんな、……ちょっと待って、なんで、好きでもない裕子に杉村を通じてラブレターの返事を催促したのよ? 陰で裕子に答えを聞けばよかったじゃない、それかどうでもいいならそのままなかったことにだってできたはず」

山崎「いや、あそこで杉村に聞きにいかせることに意味があったんだ、杉村が原田に友達からのラブレターの返事をくれって言うことは、つまり、俺は友達を裏切らない、だから原田とは付き合えないの意思表示になると思ったんだ」

雫「それって」

山崎「ああ、原田裕子が杉村のことが好きとお前に言う前に先手を打ったつもりだった、原田がお前に変なことを言う前に、俺が原田にラブレターを出すことによって、原田の野郎が使った俺たち野球部の間で言われている“恋愛勝手に予約制度”を俺が逆にしかけたんだ」

雫「“恋愛勝手に予約制度”……そ、そうだったんだ」

山崎「だけど、原田の野郎が俺よりも先にお前に“恋愛勝手に予約制度”を発令してたんだ!」

 

雫「あんたなんかとんでもないこと言ってるけど、裕子がどんな気持ちであの時いたかわかる?」

山崎「杉村がどんな気持ちだったかお前にわかるか!? 裕子は何もしない、ただお前に話しかける杉村を見て、ああいう彼氏ほしいな、いいな幼馴染って、青春の一ページの甘い切ない気まぐれの恋として欲っしていただけなのかもしれない、だが杉村の恋はそんなちっぽけものじゃなかったはずだ」

雫「……」

山崎「仮にだ、もし仮に、原田の野郎がお前に杉村のことが好きだって言わなかったらどうだった?」

雫「どうって」

山崎「そうしたら天沢は現れない、帰宅部で親が開業医のボンボンの嫌な奴で終わったはずなんだ」

雫「そんなことない私と聖司は」

山崎「そんなことあるね、お前あの時天沢に会うまでは、これと言って好きな奴なんていなかったんじゃないか? 最初天沢に会った時は、なんか嫌な奴だなとか思ってたんじゃないのか? アイツはちょっと昔っから近寄りがたい感じがあったし」

確かにそうだと雫は心の中でかつての自分を回顧した。

初めて聖司と会ったときは、ベンチに置き忘れた本を勝手に読まれて、自分の作った詩をバカにされたことを雫は思い出した。

山崎「杉村を断る理由はないはずだ、とりあえず付き合ってみるってなったと思う」

雫「……」

山崎「そして、本ばかり読むお前は思う、杉村ってこんな男らしいとこあったんだ、好きな人ができましたってな」

 

雫「そ、そんなことない、裕子だって」

山崎「大方、今でも原田の野郎は同じような恋愛をしてるんじゃないのか? いやしてる断言できる、あの手のタイプの奴は同じ過ちを犯す、そしてこういうんだ、私男運ない、どっかにいい男いないかなって」

雫「……」

山崎「ところでお前今付き合ってるやつとかいるのか? 天沢とはもう終わったんだろ?」

雫「……」

山崎「付き合ってるのか!? え、でもお前この前俺テレビで」

雫「もううるさいわね、今日はこれでおしまい、また今度来る!」

そういうと雫は暖簾をくぐり店を出て行った。