スタジオジブリ “耳をすませば”の続き “耳をすまして” 第六幕 好きな人ができました

○向原中学校グランド 

日曜日。

かつて雫と杉村、として聖司が通っていた向原中学校のグランドでは、大勢の野球少年たちが練習をしている。

その中心にいるのは杉村だ。

杉村「いいか、じゃあ守備ついて」

そういわれると、少年たちは一目散に走りだす。

杉村はボールをノックする。

カキーンと爽快な金属音がグランドいっぱいに響き渡る。

雫はそれをベンチで見ている。

途中、雫が座るベンチにボールが転がってくると、それを拾いに来た杉村と目が合った。

杉村と雫は顔を赤らめる。

そこから少し離れたフェンス越しから、聖司は二人の様子を見ていた。

まるで、昨日のアパートから出てきたことといい、日曜日に雫がグランドに行ってることと言い、まるで二人が付き合っているのではと思った聖司は、とうとういてもたってもいられなくなり、雫に駆け寄った。

聖司「雫……」

自分の名前を呼ばれて、雫は振り向いた。

雫「聖司……」

聖司「ちょっと来てくれないか?」

雫「何をいまさらになって」

聖司「ごめん」

雫「婚約したんでしょ? 綺麗な人ね」

聖司「ちがう、アレは誤解なんだよ」

雫「誤解? じゃあ赤ちゃんをおろしてくれって言ったのも誤解なの?」

聖司「おろせなんて言ってないじゃないか、ただ俺はまだ心の準備がって」

雫「一緒のことでしょ、私にはそう聞こえたわ」

聖司「なあ、お前杉村と付き合ってるのか?」

雫「さあどうでしょう」

聖司「この前、お前のアパートからアイツが出てきたの見たんだ俺」

雫「何! 見てたの!? 気持ち悪い、それで私たちの会話聞いててここに来たってわけ?」

聖司「ああ、だけど気持ち悪いっておい、俺はただ、またあの時お前に告白したあの日みたいに、窓に向かってお前が顔を出すことを念じてただけだ」

雫「……」

聖司「なあ、お前に見せたいものがあるんだ、ちょっと来てくれ、ちょっとでいい」

雫「……」

聖司「三十分だけ時間をくれ」

雫「……」

雫はグランドで子供たちに指導している杉村を見る。

雫「二十分」

聖司「わかった」

そういうと、聖司は自転車を持ってきて、雫に荷台に座るように指示した。

***

聖司は自転車に雫を乗せると、かつて中学時代に雫に告白するために登ったあの坂を再び登りはじめた。

しかし、雫はもはや妊婦であり、三人分の体重を乗せて登るには余りにも過酷であった。

雫「だいじょうぶ?」

聖司「大丈夫だ、俺決めたんだ、お前を乗せてこの坂をもう一度登るって」

雫「聖司……わたし」

聖司「何も言うな!」

がんばっていた聖司を見かねて、雫は自転車を降り、自転車を押し始めた。

聖司「クソー! またか」

雫「たく聖司はいつもそうなんだから」

雫は少しだけ微笑んだ。

そして、かつて二人で見たあの高台に二人はたどり着いた。

日の出じゃなく日の入りだが、雫はかつて聖司に告白されたあの日を思い出した。

聖司・雫「「あの」」

聖司「どうした?」

雫「うん、聖司から」

聖司「雫、俺と結婚してくれないか! 二人でいや三人で一緒に暮らそう」

雫「でもイタリアは? バイオリンづくりの夢はどうするのよ?」

聖司「イタリアはあきらめる、だけどバイオリンづくりの夢はあきらめない、そしていつか一人前になって、じいちゃんのいる天国に俺の名前が届くぐらいのバイオリンづくりになってみせる!」

雫「でも、カトリーナさんとは?」

聖司「あれは誤解なんだよ」

雫「誤解?」

聖司「ああ、全部記者が書いたでたらめだ」

雫「…………」

聖司「なあ、雫俺と結婚してくれ」

そういうと聖司はポケットから指輪をだした。

しかし、雫は受け取らない。

雫「私、……私もうどうしていいのかわからない」

雫は顔を両手でおおい泣き始める。

聖司「わかるだろ、悩む必要なんかない俺と一緒になるんだ!」

雫「……私聖司のことは今でも好きよ、だけど……」

聖司「だけど?」

雫「だけど、私だんだんと杉村のことが好きになっていってる自分がここにいるのよ……」

聖司「俺じゃダメか? そんなに杉村がいいのか?」

雫「わからない、まるで空が落ちてきたみたい」

聖司「雫」

雫「少し考えさせてほしい……」

聖司「……」

雫「私じゃあ、もう行くね……杉村が待ってるから……」

 

○向原中学校グランド

野球少年達は杉村を中心に円になっている。

杉村「よし、今日の練習はここまでだ」

少年達「はい」

すると、鼻水をたらした少年が黒い小箱を持って杉村に問う。

鼻水少年「あの、コーチ」

杉村「ん?」

杉村は少年の持つ小箱を見る。

杉村「しまった!」

鼻水少年「これ、コーチが落としましたよ!」

杉村「お、おうありがとう」

鼻水少年「コレ指輪ですよね?」

すると今度はキャプテンが、

キャプテン「おお! 監督! さてはあのねえーちゃんと結婚すんのかよ!」

すると次々に少年達は杉村をはやし立てる。

杉村は慌てて鼻水少年から指輪を奪い取る。

杉村「今日の練習はここまで解散!」

 少年達はブーブー言いながら、更衣室へと歩いていく。

杉村はグランド近くのベンチに目をやる。

そこには雫が座っている。

 

それからしばらくして、杉村はお金のために元地球屋の物件を売りに出した。

しかし、それは聖司のことを思ってだったに違いない。

聖司はローンを組んで地球屋を買い戻した。

 

――――――それから半年後――――――――――――――――――――――――

○ 教会 結婚式場

雫は純白のウエディングドレスを身にまとっている。

雫の父、月島靖也がそれを見て、

靖也「似合ってる、母さんの若い時そっくりだ」

雫「ありがとう…………おとうさん」

靖也「ん?」

雫「私これでよかったのかな?」

靖也「ああ、……杉村君を選んでも、聖司君を選んでもどっちの子も雫を幸せにしてくれていたとお父さんは思うな」

雫嬉しそうにうなずく。

雫「あっ!」

靖也「どうしたんだい?」

雫「いい話思いついた!」

靖也「ははは、こんな時でもたく雫は」

雫「これはすごいいい話、題名は“猫の恩返し”」

ドアの外にアナウンスが聞こえてくる。

靖也「そうか、でも今は」

雫はにっこりとほほ笑む。

アナウンス「それでは新婦の入場です」

ドアが勢いよく開くと、まるで野球部の声援のような祝福の声がたくさん聞こえてくる。

開場は綺麗なバイオリンの音色で包まれている。

その音色に耳をすませば、その先に新郎の姿が――――――

耳を澄ませて彼の誓いの言葉を聞いてみよう――――—―

好きな人ができました――――――

スタジオジブリ “耳をすませば”の続編 “耳をすまして” 第五幕 大トロと卵

○雫のアパート

雫はこたつに入りながら悲しみにうちひしがれていた。

これからどうしたらいいのか? なぜあの場に杉村がいたのか? 

とりあえずは、杉村のインタビューのおかげで、部長には褒められ、編集部に回してもらえそうなので仕事ではうまくいっていた。

 

それからしばらくして、“天沢聖司カトリーナの婚約発表”がニュースで報じられ、それとほとんど同時に“杉村、アイドルとの破局”というデマニュースと“杉村戦力外通告”のニュースが流された。

 

○ミーティングルーム 

杉村は監督に呼び出されていた。

監督「杉村すまんな」

杉村「ええ、わかってます。これがプロ野球だと」

監督「ああ、……そして、それとは別に娘の件なんだが……」

杉村「ええ」

監督「そうか、いや公に発表する前だから」

杉村「はい」

監督「じゃあな、本当にすまない。私はこのチームの監督だが、あの子の父親でもある、娘の幸せを考えてのことだ」

そういうと、監督は退出した。

 

○山崎寿司

カウンターに杉村が座って山崎と話している。

山崎「肩……天沢の野郎……」

杉村「いや、アイツに殴られる前から調子は悪かったんだ、遅かれ早かれこうなってたさ」

山崎「でもよ~」

杉村は日本酒をクイっと飲む。

山崎「中学の監督の話」

杉村「ああ、受けようと思ってる、俺から野球を取ったらなにものこらねー、お前がいっつも言ってたセリフじゃねーか」

山崎「そうか……」

その時、雫が入ってくる。

雫「ごめんなさい、遅くなっちゃって、……あれ、なんで杉村がこんなとこに」

杉村「あれ、なんで月島が? さては」

山崎「ああ、この商店街の取材だよ、ほらここ座れよ」

山崎は杉村の隣を指さした。

 

山崎「さてさて、あー忙しい忙しい、わりー月島、店が忙しいから取材はまた今度、今日は俺がおごるから好きなもの頼んでおいてよ、握るから」

山崎はカウンターから離れた。

しばらくの間二人は沈黙していたが、雫が口を開いた。

雫「最近どう?」

杉村「まあボチボチ」

雫「引退したんでしょ? 大丈夫なの肩?」

杉村「ああ、なーにただ戦力外になっただけだよ、それがプロってもんだぜ」

雫「そう」

杉村「それより、お前こそ大丈夫なのかよ、ニュース見たぜ、婚約発表、あれ本当かよ?」

雫「わからない、でも」

雫は下を向いた。

杉村は雫を見て、雫のお腹が少し膨れていることに気が付く。

杉村「お前太ったな」

雫「……女の子にそんなこと言うなんて」

雫の目が潤み、涙がこぼれる。

杉村「子供できたのか?」

雫「……」

杉村「天沢はなんて?」

雫「返事がない、聖司もおじいさん亡くして今それどころじゃないみたいで」

杉村「それどころだろうが!」

***

それからしばらくして、山崎寿司閉店間際。

山崎「おい月島」

杉村「寝かせといてやれ」

杉村は、水を一気飲みすると、

杉村「勘定」

山崎「いいよ今日は俺のおごりで」

杉村「すまねーな」

そういうと、杉村は雫を背負った。

山崎「タクシー呼ぶよ」

杉村「いいよ、どうせコイツの家わからねーし、実家送ってくよ」

山崎「おうわかった」

杉村「じゃあ、また落ち着いたら連絡するわ」

そういうと杉村は雫を背負ったまま店を後にした。

 

○コンクリートロード

杉村は雫を背負って歩いている。

あたりはすっかり暗い。

杉村「昔を思い出すな」

雫「う~ん」

杉村「このコンクリートロード」

杉村は、カントリードロードを口ずさむ。

すると、雫が目を覚ます。

雫「あれ、……」

杉村「おお、起きたか」

雫「ごめん私寝ちゃって」

杉村「いいよ別にもうすぐ着くからそのまま寝てろ」

雫「いいよ自分で歩く」

杉村「妊婦が何言ってやがる」

雫「子供扱いしないで」

杉村「ガキじゃねーかよまだ」

雫、ムッとするが、二人して笑い出す。

雫「ありがとう杉村」

杉村「何がだ?」

雫「今日、私なんか元気出た」

杉村「そうかじゃあ山崎寿司のつけはお前が払ってくれよ」

雫「いくら?」

杉村「大丈夫諭吉十枚くらいあれば」

雫「なんだとー! あんたどんだけ食ったのよ」

杉村「馬鹿野郎お前のほうが食ってたじゃねーか」

雫「私ぜんぜん食べてない!」

杉村「知ってんだぞ、昔っからお前の弁当ずいぶんとデカいじゃねーか」

雫「あれはお父さんの弁当なのよいつも!」

杉村「嘘つけ!」

雫「嘘じゃなーい!」

杉村・雫「…………」

二人は睨みあった後、お互いにゲラゲラ笑いだした。

杉村「やっぱ月島はこうじゃなくっちゃな」

雫「ありがとう」

そんな話をしていると、空に薄明かりがともり始めた。

杉村「そうだ」

雫「どうしたの?」

杉村「いいもの見せてやるよ」

雫「いいもの?」

杉村はそういうと近くの階段を上り始めた。

しかし階段があまりにも長すぎて、杉村は途中で息を切らす。

雫「大丈夫? 私降りる」

杉村「うるせー、杉ノ宮高校1番、エース杉村をなめるなー!」

雫「……」

杉村「都大会準決勝において初のパーフェクト達成、期待の新人ドラフト二位指名、バチコーイ!」

杉村は勢いよく階段を登り切ると息を切らせながら、雫を静かに原っぱに置いた。

雫「わぁー」

杉村「どうだすごいだろ!」

そこに広がる絶景。

雫「こんなところにこんな綺麗なところがあるなんて私知らなかった」

杉村「野球部は朝早いからな、まあ、いつも遅刻寸前のお前にはわからないだろうな」

雫「そうだね」

杉村「たく調子狂うぜ、そこはウルサーイ!馬鹿野郎! だろうが」

雫「野球バーカ!」

杉村「……月島あのさ、俺向原中の野球部の監督引き受けることにしたんだ」

雫「ふーん」

杉村「そこでよ、そのもしよかったら」

雫「……」

杉村「俺と暮らさないか!」

雫「えっ! 暮らすって……」

杉村「俺とお前と赤ん坊と三人で、この街で」

雫「……」

杉村「ダメか? 俺じゃ?」

雫「少し考えさせて」

杉村「少し……」

雫「ごめん、いきなりだったから、考える時間を」

その時杉村がガッツポーズをしながら喜ぶ。

杉村「ヤッター!」

雫目は余りに驚き目を丸くした。

雫「え? 考える時間をちょうだいって言ったんだよ!?」

杉村「そうだよ、それ俺にとってはスゲー進歩だよ、前は考えてもくれなかっただろ!?」

中学時代杉村に告白された時はその場で断ったのを思い出し、確かに自分の心が動かされているのかもしれないと雫は思った。

 

 

○雫のアパート 

雫はジュース、礼子はお酒を座りながら飲んでいる。

礼子はかなり酔っ払っている。

礼子「あーあ、なんで妻子持ちの男なんて好きになっちゃったんだろあたし、ねえーきいてるの雫」

雫「……」

礼子「雫ってば」

雫「礼子、他人に大切な人を奪われる人がどれだけ悲しいか考えたことある?」

礼子「なあ~にいきなりあらたまちゃって」

礼子は酎ハイを開けるとグビグビと飲む。

礼子「プハー」

雫「もうその人のこと追いかけるのやめた方がいいと思う」

礼子「なによ上から目線、そりゃあんたはモテていいでしょうね」

雫「そういうんじゃないでしょ!」

雫机を思いっきり叩く。

雫「いいかげんそういう恋愛はやめなって!」

礼子「なによ、自分が天沢君に捨てられたからって私に当たらないでくれる!」

雫「あんたはいつも他人の物を欲しがる! いい男がいないんじゃない、いい男はあんたなんかに寄り付かないだけ、中学の時だって杉村が私のこと好きなの気づいてたんでしょ!」

礼子「……なによ私だってラブレターくらいもらってるし、雫だって知ってるでしょ! え? 何ちょっと待って杉村が? それどういうことよ!?」

雫「……杉村に告白された……」

礼子「告白って、……いつ!?」

雫「中学の時と……この前山崎寿司に取材に行った帰り……」

礼子「どういうこと杉村が雫のこと好きって、……じゃあ何、私が昔ふられたのはあんたのせいだったの! あんた私の気持ち知ってて、私の恋愛相談乗るふりして、……あーもう信じらんない! この裏切り者!」

礼子は怒鳴り散らすと、アパートから出て行った。

 

〇山崎寿司

礼子と喧嘩した次の日、雫は山崎寿司へ足を運んだ。

山崎「杉村に告白されたのか」

雫「うん……」

山崎「いいじゃなか、杉村じゃダメなのか?」

雫「私わからないの」

山崎「そりゃ杉村は天沢と比べるとそうだな」

そういうと山崎は寿司を握って雫に大トロをさしだした。

山崎「握りで言うと天沢は大トロ、それに比べて杉村は」

また何かを握って雫に差し出す。

山崎「コレ」

雫「……卵」

山崎「ああ、天沢は親が開業医で、学校の成績も優秀だったし、モデルみたいなスタイルで顔も悪くない、バイオリンなんて俺たちの間で弾ける奴、いや興味すら持ってるやつすらいねー、それに比べて、杉村は親は平凡なサラリーマンの家はおんぼろ平屋で、野球以外のことはてんでダメ、まあ、ルックスは昔よりだいぶましになったけど、泥臭い奴だ」

雫「大トロと卵……」

山崎「だがな、卵で有名になる店だってあるんだ」

雫「ほんとに?」

山崎「ああ、ほら食ってみろ」

雫は卵を頬張った。

雫「おいしい」

山崎「だろう! どんなにパッとしなくたって物にはそれぞれいいところがある、それを磨いていくのが人生ってもんだ、杉村はそれに成功した。誰よりも先にプロ野球選手になるっていう夢を叶えたんだ」

雫「うん」

山崎「バイオリンの音色ってのは、俺にはわからねーけど優雅でそりゃいいものなんだろうよ、だがよ、太陽の下、汗まみれ泥まみれになりながら、ガラガラ声だしながら走り回る男の姿も案外いいもんなんだぜ、……」

山崎は両手を広げると叫ぶ、

山崎「バチコーイ、しまって行こうぜー!」

雫は少し微笑む。

山崎「杉村はいいやつだよ」

雫「うん。ありがとう」

 

 

カトリーナの家

カトリーナのおばと対面している聖司。

カトリーナのおば「聖司、あなたのバイオリンが正式にカトリーナの次のコンサートで使われることが決まったわ」

聖司「……」

カトリーナのおば「ずいぶん浮かない顔ね、あなたの夢がかなったのよ」

聖司「あの……俺、カトリーナとは結婚できません」

カトリーナのおば「何をいまさら、あなた自分の夢が叶ったとたん婚約を破棄するつもり?」

聖司「婚約破棄なんて人聞きの悪い、俺はまだ何も、勝手に記者が」

カトリーナのおば「じゃあ、なんであなたは今ここにこうしているの? カトリーナと結婚しないのであれば、ここにいる必要ないでしょ」

聖司「はいそうです」

そういうと、聖司はバイオリンケースから木箱をだすとそれを開ける。

聖司「これをあなたに渡したくて」

木箱から男爵が出てきた。

聖司「愛する二人はやはり一緒の方がいい」

聖司は机にバロンを置く。

カトリーナのおば「バロン」

カトリーナのおばはバロンに駆け寄る。

聖司「俺は雫と結婚します。雫のお腹には俺の子がいます」

カトリーナのおば「そんなこと今更許されると思っているの、夢がかなったとたん手のひらを返したみたいに、なんなのその態度」

聖司「はい、カトリーナさんには僕のバイオリンを使っていただかなくてかまいません」

カトリーナのおば「そんなこと私が許しません!」

するといきなりドアがバッと開く。

そこに立っていたのはカトリーナだった。

カトリーナ「聖司、それ本当なの!?」

カトリーナは今までのやりとりをすべてドア越しに聞いていたのだ。

聖司「うん」

カトリーナ「ならさっさとしたくしなさい、コブ付きの男なんていちいち面倒見てられないわ!」

カトリーナのおば「カトリーナ

カトリーナ「おばあちゃんは黙ってて! (聖司に向かって)死んだおじいさんのことばっか考えてるんじゃないわよ! 男ならちゃんと責任持ちなさい、彼女に中絶なんかさせたら承知しないから! 行きなさい聖司!」

聖司「ありがとう」

聖司は走って部屋から消えていった。

カトリーナは窓から聖司が走り敷地内から出ていくのを見送った。

カトリーナのおば「いいのかい行かして……」

カトリーナ「あの子の目ね……、バイオリン作ってる時も、彼女に手紙書いている時もいつも輝いているのよね、宝石みたいに……隣の芝は青く見える」

カトリーナは部屋に立っている男爵の目を見る。

 

○雫のアパートの前

帰国した聖司は帰国したその日の夜中に、自転車にまたがって雫のアパートへ行き、窓を見上げていた。

そして、すでに日の出は昇りはじめた。

そして三時間が経過したとき、雫の部屋から杉村が出てきて、雫と話しているのが見えた。

杉村「じゃあまたなんか困ったことあったらいつでも連絡しろよ」

雫「うんありがとう、日曜日ね」

杉村「おうじゃあな」

そういうと杉村はアパートの階段を下ってきたので、聖司は物陰に隠れた。

杉村はどうやら自分のうちに帰っていったみたいだ。

そして、雫も杉村が出ていくと、玄関に鍵をかけ、アパートの電気を消した。

 

 

とうとうその日、雫はかつての青春時代のように、窓から顔を出すことはなかった。

 

 

スタジオジブリ “耳をすませば”の続編 “耳をすまして” 第四幕 バロンとルイーゼ

○聖司の実家

仏壇に向かって線香をあげるカトリーナのおば。

カトリーナのおば「私はもうずいぶんと年をとってしまいまいました……」

カトリーナのおばは聖司に言う。

カトリーナのおば「あなたのバイオリン、コンテストに落選したんですってね」

聖司「はい」

カトリーナのおば「あなたのバイオリンつかってあげたもいいわよ」

聖司「……」

カトリーナのおば「その代わり一つだけ頼み事を聞いてほしいの……」

聖司「……」

カトリーナのおば「カトリーナもいい年よ、そろそろと思ってるの、私ももう長くはないでしょう、その前にかわいい孫のドレス姿をみたいわ……」

聖司はすぐにこの状況を理解した。

カトリーナのおば「私は先に帰っているは、身辺整理をしてからイタリアに帰ってきてください」

聖司は思った、カトリーナのおばもおじいちゃんも、きっとバロンと貴婦人の人形と同じように互いの気持ちを思っていたに違いない。けして言葉には出さなかったけど、きっと……。

 

西とカトリーナのおばが叶わなわなかった恋を、孫の代で叶わせてほしいという交換条件。

 

○聖跡出版女子トイレ

雫「うぇーうぇー」

雫は便器に向かって悲痛な声を上げていた。

雫「気持ち悪い、なんでだろう? 何か変なものでも食べたかな?」

***

その夜裕子に聞いてみて、妊娠検査薬を薬局で買い、試してみると検査薬に赤色の線が入った。

雫「私、聖司の子を……」

 

次の日、イタリアに帰る前の聖司と会うことになった。

 

○元地球屋 

高台のてっぺんそこに地球屋があった。

しかし、西の容体が悪化するにつれ、地球屋は閉館。

そして、西が亡くなるとともに地球屋は売りに出された。

雫が元地球屋の前に到着すると、中からは綺麗なバイオリンの音色が聞こえてきた。

中に入ると薄暗い部屋の中に聖司がすでにいた。

雫「懐かしいね」

聖司「ああ、俺の青春いや俺の人生のほとんどはここでの思い出だ……」

雫「いい眺めだね」

聖司「……俺、またすぐにイタリアに行かなくちゃならないんだ」

雫「そう」

聖司「で、話ってなんだよ?」

雫「実は……」

雫はおなかをさする。

雫「できたみたい」

聖司「できたって新しい新作か?」

雫「ちがーうー」

聖司「まさかお前」

雫「赤ちゃん……」

聖司「赤ちゃんて、俺の赤ちゃんか?」

雫「あなた以外にいるわけないでしょ」

聖司は苦笑いを浮かべた。

雫「名前何にする? バロン? 女の子だったらルイーゼ?」

聖司「病院行ったのか?」

雫「ううん、妊娠検査薬で調べた」

聖司「そうか……まいったなー」

雫「うれしくないの?」

聖司「いや、ほら俺たちまだお互い半人前どうしだし、生活が安定してないし、まだ俺親父から仕送りもらってるし……」

雫「大丈夫だよ、私もすぐに働くし」

聖司「まだ俺コンテストとかいろいろ挑戦したい」

雫「それってつまり?」

聖司「……」

雫「おろせってこと?」

聖司「……それに、ほらまだちゃんと妊娠したかどうか、病院に行って検査しないとわからないだろ? だから一度病院行こう、俺の親父の病院産婦人科もやってるから、な?」

雫「あんたってさいてー!」

 

そんな時、薄暗い部屋の明かりに電気がともった。

眩しさで半開きの目で、入り口の方を見ると、そこには、山崎と何人かの男たちと杉村がいた。

 

杉村は売りに出されているこの家を買っていたのだ、別荘として、自分が地元に戻った時に休める場所が欲しかったのだ。

しかし杉村自身は、この家がかつて聖司のおじいさんの家、地球屋だということは全く知らなかった。

そしてこの日、杉村と山崎と昔懐かしい野球部の連中は、元地球屋で杉村が成人式にあまり出られなかったからということで、パーティーを開きに来たのであった。

山崎「あれ天沢?」

杉村「月島!?」

雫はみんなの前で、聖司の頬にビンタをすると、一目散に走りだした。

杉村はいきなり出くわした異常事態に体が反応し、雫を追いかけた。

山崎「はあ~、こりゃ修羅場だね」

山崎は聖司を見た。

聖司「別にお前らには関係ないだろ?」

山崎「いや関係あるね、……ここは杉村の家だ」

聖司「……」

山崎「よってお前は住居不法侵入だ」

聖司「……」

山崎「とっとと出ていけ!」

聖司は部屋を出て行った。

 

外では、杉村が雫の腕をつかんだ。

あの時あの神社での告白のように。

杉村「なあどうしたんだよ月島?」

雫の目には涙が浮かんでいた。

杉村「答えてくれよ、俺たち幼馴染だろ? な?」

雫「私」

雫はお腹に手を当てた。

杉村「まさかお前」

雫は杉村の手を振りほどいて、コンクリートロードを走り去っていった。

杉村「月島……」

そこに遅れて聖司がきた。

聖司は何も言わず帰ろうとする。

杉村「おい、待てよ!」

聖司は立ち止まる。

杉村「お前アイツに何言いやがった?」

聖司「別になんにも」

杉村「じゃなきゃあの天真爛漫な、月島があんな顔するわけがない」

聖司「関係ないだろお前には」

杉村「関係大有りだ、俺はあいつとは幼馴染だ、それに俺の初恋の相手だ」

聖司黙ってその場から立ち去ろうとする。

杉村「おい待てよ!」

杉村は聖司の腕をつかんだ。

杉村の握る力は力強く、とてもバイオリンづくりの聖司の力では振りほどくことはできなかった。

聖司「お前には関係ないだろ!」

聖司はそう叫びながら、振りかえると持っていたバイオリンで杉村を殴った。

バイオリンは杉村の右肩に命中し、へし折れ、地面に落下した。

杉村は手を放した。

杉村「いてー!」

聖司は杉村を睨んでいる。

杉村「お前! バイオリンはお前の夢だろ……それをこんな扱いしやがって、自分の大事なもの一つお前は大切にできねーのかよ、見損なったぜ天沢!」

物音を聞きつけた山崎が中から出てきた。

山崎「テメー天沢、杉村に何しやがった!」

山崎は今にも聖司を殴る勢いだった。

杉村「やめろ山崎!」

山崎は止まった。

山崎「でもよ」

杉村「いいから行かせろ」

聖司はその場から立ち去った。

山崎「とりあえず氷、待ってろすぐに病院連れてくから」

中から、他の連中も出てくる。

野球部の仲間「病院ここから一番近いのは天沢医院」

山崎「ふざけんな! そんな胸糞悪い病院なんか行けるか!」

杉村「大丈夫だよ」

山崎「馬鹿野郎! ピッチャーにとって肩は命よりも大切なもんだろうが、それを守るのはキャッチャーのつとめだ」

杉村「すまねー山崎……」

 

スタジオジブリ “耳をすませば”の続編 “耳をすまして” 第三幕 不法の知らせ

○イタリアのアトリエ

 聖司は椅子に腰かけ、バイオリンを作っている。

カランカランとドアのベルの音が鳴り、カトリーナとフラメンコが入ってきた。

カトリーナ「それここにおいて」

フラメンコはそういわれると、布がかかった、置物をアトリエの隅に置いた。

フラメンコはお辞儀をすると、帰っていった。

カトリーナはバイオリンを作っている聖司に後ろからゆっくりと抱き着く。

聖司の顔が赤くなる。

カトリーナ「いつも感心ね、えらいえらい、フフフフ」

聖司「……それなんです?」

カトリーナ「ああ、おばあちゃんが昔から大切にしてる置物、ようやく修理に出してたのが終わって、特殊な素材でできてる部分とかあるし、骨董品だから大変なのよ」

聖司「そうなんですか」

カトリーナ「どう順調?」

聖司「ええ、もう少しで完成です」

カトリーナ「次のコンテストで結果残せるといいわね」

聖司「ええ」

カトリーナ「それと、この前のことなんだけど?」

聖司「この前の?」

カトリーナ「ほらスッパ抜かれたでしょう?」

聖司「え?」

カトリーナ「何あなた知らないの?」

聖司「何がですか?」

カトリーナ「これよ」

そういうとカトリーナはアトリエにおいてあった雑誌を聖司に見せる。

聖司「な、なんだこれ。全くのデタラメじゃないですか」

カトリーナ「アトリエばっかりにこもってるからよ」

聖司「……」

カトリーナ「……で、あなたはこの記事読んで一体どんな気持ちなの?」

聖司「すみません。カトリーナさんに迷惑をかけてしまって」

カトリーナ「つまり?」

聖司「申し訳ない気持ちです」

カトリーナ「ふーんそれだけ、あっそう、私は別にかまわないけどね~」

聖司の顔が赤面する。

カトリーナ「まあ、じゃあがんばってね」

そういうとカトリーナはアトリエから出て行った。

聖司溜息を吐き、汗をぬぐったあと、ふと慌てだす。

聖司「と、こうしちゃいられない」

聖司、机から便箋とペンを取り出すと、雫に手紙を書きはじめる。

 

○雫のアパート

雫はこたつで、杉村の甲子園の映像を見ている

TV「さあ、杉ノ宮高校の杉村投手、ここまで一人でこの夏を投げぬいていいます」

そこに裕子が酔っ払いながら、雫のアパートに入ってきた。

裕子「ただいま~」

雫「ただいまって、あんたの家ここじゃないでしょ? お父さん心配するじゃない」

裕子「いいのいいのどうせお父さんと喧嘩してるし、終電逃したから朝帰れば」

裕子はキッチンに行きコップに水を入れると、一気に飲み干しこたつに入った。

雫「待って今布団しくから」

裕子「いいのいいの、始発までだから、それより聞いてよ雫~」

雫「また男?」

裕子「そうなの、全然いい男いなくてさ~」

雫「まったく?」

裕子「う~ん二人くらいいい男はいたけど、彼女持ちだし、もう一人は友達が先に目を付けたのは私だからって……」

雫「そう」

裕子「お、野球見てるの?」

雫「うん」

裕子「お、杉村」

雫「うん、今度うちの会社の企画で取材しなきゃいけなくなったんだ」

裕子「ふ~ん」

雫「裕子さ、なんで中学の時杉村のこと好きだったの?」

裕子「なんでって? それは……あれ何でだっけ?」

雫「一目ぼれ?」

裕子「一目ぼれ? いやそんなわけあるか~、だって杉村全然かっこよくなかったし、一目ぼれするなら天沢君みたいな背の高い頭のいい子が私はタイプかな~」

雫「じゃあなんで!?」

裕子「やっぱり受験が近くて誰かと恋愛したかったってのはあったと思うけど」

雫「それなら山崎でよかったじゃない、裕子にラブレターだした」

裕子「……目かな」

雫「目?」

裕子「うん、目……なんかさ、杉村の奴やたらといつも目が輝いてたんだよね、まるで宝石のような、恋する乙女みたいな目、何かに夢中になってる男の目っていうのかな? 多分野球に夢中だったから、そういう何かに夢中になってる人の目って違うんだと思う」

雫「そうか、でも杉村の野球してる姿、裕子みたことあるの?」

裕子「う~んない」

雫「じゃあなんで?」

裕子「わからないよ、でもなんかいつも杉村を見かけるたびに目が輝いてたんだもん」

雫の中で今日山崎に言われた言葉が児玉した。

 

“山崎「仮に杉村と原田が会話をしてたとして、そこには必ずと言っていいほどお前がいたはずなんだ、なぜかって、杉村はお前に話しかけに来てるんだからな」

 

山崎「毎日毎日、杉村がお前に目を輝かせながら話しかけに来た、二人は楽しそう、まるで夫婦みたいに仲がいい、現に俺たちはお前と杉村がもうすでにデキてるんじゃないかとすら思ってた、しかし杉村は誰にも、バッテリーを組んでる俺にさえ、お前のことが好きだなんて口にしなかった。野球をしているときの目とお前と話してる時の目は一緒だった」”

 

裕子「プロ野球選手か~、やっぱり私の目に狂いはなかったのにな~、玉の輿か~」

雫「裕子今でも杉村のこと好きなの?」

裕子「そんなわけないじゃん、そりゃ今あいつは野球界のスター選手だし、リッチマンだし、足なんかスーと長くなったけど、別にあれはあの時のなんていうの、受験近かったし」

裕子はそういうと、こたつに入ったまま寝ころんだ。

裕子「ちくしょーアイツまだ奥さんと別れない~」

雫は静かな声で囁いた。

雫「他人の物欲しがるの昔っからの裕子の悪い癖よ……」

裕子「ZZZZZZZ」

雫はため息をつくと、テレビのボリュームを下げた。

TV「杉ノ宮高校二回戦進出です!」

 

 

○グラウンド 

雫は杉村の取材のためグランドにいた。

杉村がマウンドで投球練習をしている。

杉村は雫に見られていることに気が付いていない。

雫は杉村に少し見とれてしまっていた。

すると、グランドにいた他の選手が雫に話しかけてきた。

他の選手「えっと取材かな? 杉村の?」

雫「はい、……あのなぜ杉村選手の取材ってわかるんですか?」

このグラウンドには選手たちが大勢いるのになぜ杉村の取材だとわかったのか雫は疑問に思った。

他の選手「だって、君の杉村を見る目が輝いてたから」

雫「はあ」

他の選手「ここじゃなくて、部屋で待っててよ、杉村の練習が終わったら、そっちに行かせるから、アポはとってあるんでしょ?」

雫「あ、はい。……ありがとうございます」

 

○取材室

しばらく雫が取材室で待っていると、杉村が入室してきた。

雫は椅子から立ち上がる。

杉村「すみませんお待たせして」

雫「あ、はい」

杉村、雫に気が付く。

杉村「月島!?」

雫「こんにちは」

杉村「ははは、出版社に勤めてたのか」

杉村の体はさすがアスリートといえるほどに鍛え上げられてて、身長も185センチと中学時代からは考えられない身長をしていた。

雫「うん。ただの野球バカじゃなかったんだね杉村……」

杉村「あいかわらずだな月島は」

雫「身長伸びたね」

杉村「ああ、強豪校に進学したら、飯もトレーニングの一環だとか言って、たらふく食わされるし、炭酸は飲むなだの」

雫「そっか」

杉村「成人式の時は俺すぐ帰ったから、月島とは顔を合せなかったもんな。お前まだ書いてるのか?」

雫「うん全然だめだけど」

杉村「大学はいかなかったのか?」

雫「短大」

杉村「そうか、よしそれじゃあインタビューおねがいな」

雫「ありがとう」

杉村「どれどれ、同級生のよしみだ、その質問リスト見せてみろ」

雫「え? いや」

杉村「いいだろ、全部答えてやるよ」

杉村はそういうと、質問リストを奪い取った。

雫「ちょっと」

杉村「あっ……」

雫はしまったーという表情が顔に出る。

雫「部長がね、どうしても聞いて来いって、ほらうちは小さな出版社だから、地域密着の仕事とか多くて、今なんか杉ノ宮周辺の本を書くために商店街を回ってるとこ、あ、そうそう山崎にあったよ、彼お寿司屋だったんだね」

杉村「おお、元気してたかアイツ、俺もたまに行くんだよあの店」

雫「うん、元気だったよ」

杉村「っと、それで、この熱愛報道だよな」

雫「うん……」

お互いの顔がすこし赤くなる。

雫「ごめんやっぱりいい、部長には私から話しておく」

杉村「これは真っ赤なウソ、デマ情報だ」

雫「え? じゃあアイドルと付き合ってないの?」

杉村「ああ、マスコミってのは勘違いさせるようなことを大々的に報じやがるからよ」

雫「じゃあ彼女も今のところいないの?」

杉村「いや、彼女はいないことはない」

雫「ほらやっぱり付き合ってるんじゃない」

杉村「いや、アイドルじゃなくて、うちの監督の娘さんと」

雫「え!?」

雫は同様を隠せなかった、なぜ同様を隠せなかったのか? それは他社がスッパ抜けない情報を自分が入手したからなのか? はたまた自分が杉村のことを……。

杉村「まだ結婚とかそういうんじゃないけど、なんだお見合いみたいな、ほとんど強引に、監督がさ、……お前はいずれうちの球団をしょって立つ男だからって、何度も二人で食事にいかされてる」

雫「なんでそれを私に? ……それ記事にしてもいいの?」

杉村「お前小説家になるのが夢なんだろ? だから出版社にも勤めてる」

雫「うん」

杉村「俺お前には幸せになってもらいたい、夢をかなえてもらいたいんだ、そのことで俺がお前にできることがあるなら、俺は協力したい」

杉村の顔が赤面する。

雫「…………」

すると、そろそろ時間なのか、廊下の方から、杉村を呼ぶ声が聞こえてきた。

杉村「ああ、もうこんな時間か、じゃあ俺まだやることあるから」

雫「あ、ありがとう」

杉村「そうだ、今度飯でも食い行こうぜ、山崎寿司」

そういうと杉村は雫に電話番号を渡し部屋からでていった。

 

○取材からの帰り道

雫は信号待ちをしていると、近くを三人の中学生が通り過ぎる。

一人は野球部らしいバックを背負っていて、あとの二人はショートカットの女の子、もう一人は背の高いソバカス顔の女の子。

ショートカットの女の子「たくあんたって本当に野球しかできないのね」

野球部の男「ひでーな、ようやくレギュラーで三回戦突破したんだぞ!」

ショートカットの女の子「でもテストの点数低いと、監督試合出してくれないんでしょ!?」

野球部の男「ギク」

ショートカットの女の子「仕方ないな~、私がお勉強を手伝ってやるか」

野球部の男「お前いつも山はりだろ」

ショートカットの女の子「失礼な、実力です」

その二人の会話をじっと聞いている、ソバカス顔の女の子。

 

雫は少し彼らを見ながら、中学時代を思い出す。

確かに今の年齢になってみれば、中学時代の杉村の私に対しての言動や行動は、好きな女の子にちょっかいをだす男の子そのものだとすぐにわかった。

 

○葬式

不法の知らせは突然訪れた。

聖司のおじいさん、西伺朗が亡くなった。

その知らせを聞いた、聖司は急遽日本に返ってきた。

棺の中で眠るように横たわる西を雫と聖司は見送った。

***

葬儀が一通り終わり、お通夜の席で聖司は縁側で悲しみに浸っていた。

それに寄り添うように雫は聖司の肩を抱いた。

とてもスキャンダルのことを責められる状況ではなく、また聖司の様子もそれを聞きいれられる状態ではなかった。

 

○雫のアパート

その夜聖司は雫の家に泊まった。

聖司「俺の夢を応援してた、唯一の見方だったおじいちゃんが……ちくしょう間に合わなかった、じいちゃんに俺が一人前になった姿を見せられなかった、じいちゃんの中では俺はずっと磨いてはいけないただの石ころのままだ……」

雫は悲しみに打ちひしがれる聖司を抱き寄せ。

そして二人はその夜ベットをともにした。

 

○イタリアのアトリエ

聖司はコンテストが近いので一度イタリアのアトリエへと帰っていた。

コンテストが終わったらもう一度、西の遺品整理などのため日本に帰る予定である。

アトリエにて、聖司は激怒した。

聖司「ダメだ! 全然だめだ! ちくしょう! コンテストが近いってのに」

聖司はスランプに陥っていた。

そして、そんな中迎えたバイオリンづくりコンテストで、聖司は入選すら獲得できなかった。

コンテスト落選から、しばらくしてのことだった。

ふと聖司は休憩時間に、アトリエの隅にある置物に目がいった。

カトリーナが少し前におばのものだと言って持って帰ってきたものだ。

聖司は置物の布を取ってみた。

するとそこには貴婦人の猫の人形の姿があった。

聖司「これは」

聖司はじいちゃんが大切にしていたバロンのことを思い出した。

しばらくしてカトリーナが帰ってきてそのことを聞いてみると。

カトリーナのおばにとって、この貴婦人の人形が生き別れた大切な人の唯一の手掛かりであり、約束の品だということが分かった。

聖司は運命を感じずにはいられなかった。

その後、聖司はカトリーナのおばに、自分のおじいちゃんである西伺朗とバロンのことを話した。

スタジオジブリ “耳をすませば”の続編 “耳をすまして” 第二幕 ラブレターの真実

 

――――四年後―――—―――—―――—―――—

 

〇雫のアパート

朝。

雫はパンをくわえてアパートを飛び出した。

雫「たく、なんで目覚まし時計ならないのよー」

裕子「雫~忘れ物~バックー」

原田裕子がベランダから雫のカバンを振っている。

雫「あっ!」

雫もう一度玄関に行き、裕子からカバンを受け取る。

裕子「ごめん、間に合う? 私まだ支度できてないから、鍵いつものとこ置いておくからもう少しゆっくりしてていい?」

雫「うん、傘立ての下にいれといて」

裕子「ありがとう、こういう時お母さんのありがたみがわかるものよね、やっぱ一人暮らしって大変ねー」

雫「たく、これだから実家暮らしの四大生は」

裕子「ごめんごめん」

雫「行ってきます!」

雫は走って踏切を渡り、大急ぎで改札口を通りると、ギリギリのところで電車に乗れた。

車内アナウンス「駆け込み乗車はおやめください」

 

雫「たく裕子の奴の失恋話聞かされたせいでー」

 

聖蹟出版オフィス

雫は何とかすべり込みで自席につく。

隣の席の同僚のエリカか雫に向かって、

エリカ「ギリギリじゃない」

雫「ごめん、課長は?」

エリカ「うんうん、まだ来てないみたいだから大丈夫」

すると課長がオフィスに現れる。

社員達は次々と椅子から立ち、課長のほうを見た。

課長「おはよう」

社員一同「おはようございます」

課長「今日も皆ちゃんと働いてくださいね。と挨拶はこれくらいにして、新しい企画を企画部のほうからいただきまして、そのプロジェクトチームを勝手ながら組ませていただきました。呼ばれたら、ミーティングおわりにミーティング室に来るように」

社員一同ザワつく。

課長「佐々木、堂本、木村、加藤、そして、月島」

雫「え! わたし?」

課長「以上だ」

 

○ミーティング室

雫「課長なんで私なんでしょうか?」

課長「ああ、上からの決定だよ」

雫「でも私全然新米ですし」

課長「いやね、この企画は地域密着型の企画なんだよ、街の古くからある店をマップみたいな感じに紹介して、地域の活性化を図ろうって市のほうから提案されたものでね、君は杉ノ宮近隣に住んでいたし、街のことには他の人よりも詳しいだろ? それに若者育成のためっていうのがね」

雫「はあ」

課長「大丈夫すぐほかの人にも何かしら割り振るし、君の担当は主に取材だから、若い人のエネルギッシュな活躍を期待しているよ」

雫「はい」

課長「これが資料だから」

そういうと、課長は大きなファイルの山を雫に手渡す。

課長「まあ気ままにやりたまえ」

雫「はあ」

課長「君、編集部希望だったよね確か?」

雫「はい」

課長「これがうまくいけば編集部に行けるように上に頼んでみるから」

雫「……(元気よく)はい!頑張ります!」

 

○雫のアパート

雫はリビングの机で資料とニラめっこしている。

リビングのテレビからはニュースが流れている。

裕子はキッチンでコーヒーを入れている。

裕子「ごめんね、結局二度寝しちゃって」

雫「うん」

裕子「そうそう昨日の続きなんだけど、そりゃ相手には奥さんはいるわよ、だけど最初に別れてくれるっていったのよアイツ」

雫「……」

裕子はコーヒーを雫に持ってくると椅子に腰かける。

裕子「はい、コーヒー」

雫「ありがとう」

裕子「どうしちゃったのそんなにやる気出して」

雫「これがうまくいったら、編集部にまわしてくれるって」

裕子「え、やったじゃない」

雫「うん」

裕子「それじゃあ、私は邪魔しないようにします」

そういうと裕子はテレビに目をやる。

TV「えー続いて、あの有名な音楽家ギルモア・フランチェスコの御令嬢の、バイオリニスト、カトリーナ・フランチェスコさんがなんと日本人男性と熱愛とのこと」

裕子「あれ」

TV「なんとお相手は、バイオリンづくりの青年だそうで」

裕子「ちょっと、ちょっと雫」

雫「なに、うるさいわね」

裕子「テレビテレビ」

雫テレビをみる。

テレビには、カトリーナと2ショットで歩く聖司の姿がスッパ抜かれている。

雫「え、聖司!…………あの野郎!!」

雫椅子から立ち上がると、便せんをバックから取り出して手紙を書き始めたが、イライラが抑えられなくなり、くしゃくしゃにしてテレビに投げつけた。

雫「やな奴!」

裕子「何かのまちがえよ……ほら、もう少しで成人式だし、その時に聞けば、ちょうどいいじゃない」

雫「ふん!」

裕子「天沢君帰ってくるんでしょ?」

雫「うん……」

雫再び椅子に腰かける。

 

○成人式会場前

成人式会場前は振袖を着た若者たちで盛大ににぎあわれていた。

成人式も無事に終わり、会場前で昔懐かしい旧友との再会などや思い出話に花を咲かせている。

その人だまりの中から、かつてよく保健室で一緒に恋愛話や将来の夢を語り合った中学時代の同級生、絹代とナオが裕子と雫を呼ぶ。

絹代「雫、裕子も久しぶり~」

雫「うん絹代もナオも全然変わらないね」

ナオ「雫こそ、裕子一緒に写真とろうよー」

裕子「うん、ほら雫」

雫「うん」

ナオ「ほら、はいチーズ」

 

パシャ

 

ナオ「あとで写真送るね」

裕子「うん」

雫「……」

絹代が元気のない雫のことについて、裕子に問う。

絹代「雫どうしたの?」

裕子「ほら天沢くんがこれなくなったから」

絹代「え! まだ付き合ってたの!? ビックリ、だってこの前ニュースで」

ナオ「うんうん、私もテッキリ」

裕子「シー」

絹代・ナオ「……」

裕子「雫」

雫「ん? ああ大丈夫私に気使わないで」

絹代は空気を読み話題を変えにかかる。

絹代「そうだ、今日の同窓会楽しみだね、二人は髪型どうする? とかしていく? それともこのまま? やっぱせっかく綺麗に整えてもらったからこのままのほうがいいいよねー」

裕子「うん、私は髪とかしていく、なんだか落ち着かなくて」

雫たちのすぐ近くでは、同じ中学の野球部の連中がふざけて胴上げなどをして盛り上がっている。

雫「たく、男ってホントにいつまでたってもガキだよね」

すると、一人の男が裕子の方に近づいてくる。

雫「あれあの人」

裕子もすぐに気が付いた。

そう彼はかつて、中学時代に裕子にラブレターをだした、男、野球部でキャッチャーをしていた山崎である。かつては坊主頭がトレードマークの野球部員も立派に丸米を引退していみると、かなり男前であることに気が付く。

裕子は赤面し、髪型を直し始める。

雫もその様子を見てクスクス笑いだす。

しかし、裕子の方へ歩いてきた山崎は、まるで道端の石ころを気にせず通り過ぎるかのように、裕子に気がつかずに道路へと向かった。

裕子「なにアイツ! 私にラブレターまで出したくせに」

雫「(笑)これじゃあ裕子の方が気にしちゃってる感じだね」

裕子は雫を睨んだ。

そんな出来事のすぐあとに、急に回りがざわめきだした。

みんな、道路わきに現れた一台の黒い高級車に目が行く。

それを出迎えている山崎。

中から現れたのは杉村だった。

杉村が車から出てくると、人々が一層ざわめきだし、黄色い声援が飛び交う。

女性「キャー杉村君こっち向いてー」

男性「おお、杉村だ、プロ野球選手の杉村だよ」

山崎「おそかったじゃねーか」

杉村「いや、なかなかスケジュールが合わなくて」

杉村が歩いていくのはかつての同胞たち、向原中学校の野球部連中のところだ。

杉村は楽しそうに笑っている。

 

 

 

○聖跡出版ミーティングルーム

成人式からしばらく経ってのことだった、雫は部長直々に呼び出しを食らった。

ミーティングルームにつくと、部長と課長が二人そろって雫に不敵な笑みを浮かべてきた。

部長「ああ、月島君かけたまえ、さあさあ、出前でも取るか? (課長に向かって)おい」

課長「はいただいま」

雫「いいえ結構です。」

課長「そうかね」

雫「話ってなんでしょうか?」

部長は咳払いをすると、口を開いた

部長「えー、実をいうとだな、君に少しスポーツ選手のインタビューなんかをお願いしたくてだね」

雫「私にですか?」

部長「(課長に向かって)おい」

課長「君は聞いたところによると、あのプロ野球選手の杉村投手と幼馴染っていうじゃないか」

雫「え、まあ」

課長「この前成人式の様子が地域テレビで出てきて、同じ会場にこりゃ、杉村投手とあなたがチラっと映るじゃありませんか」

雫「はあ」

課長「そこでだ、杉村投手に単独インタビューを頼んでくれないか?」

雫「え、でもこの前いただいたプロジェクトもありますし」

部長「そんなのいいから、ね、頼むよ」

課長「そうそうだれか適当に、他の人にやらせるから」

雫「いやでもこれは私が初めて受けたプロジェクトなので、もう取材も始めていますし、アポだってとっています、いきなり人が変わったら商店街の方々にもイメージはよくないと思います、なにより失礼です」

部長「……そうか、……よし、課長」

課長「わかりました、あのプロジェクトはコチラで調整しますので、出版の方を少し遅らせることにします」

部長「よしよし、そういうことだから、月島君頼んだよ! 君には期待しているから、もしよいネタなんか持ってこれたりしたら」

月島「よいネタというと?」

部長「ほら、君も年ごろなんだしわかるだろ?」

そういうと課長が、他会社の雑誌を机に乗せる。

そこにはデカデカと『杉村投手、今を時めくアイドル柊あずさと熱愛か?結婚は秒読み段階?』 という記事が。

部長・課長「「ね!」」

雫苦笑い。

 

 

 

○杉ノ宮駅前商店街

雫は地図を見ていた。完全に道に迷ってしまった。

新プロジェクトのため、この杉ノ宮商店街の店を一軒一軒回ってはや一週間になる。

そして今日はこの街に古くからある山崎寿司の取材だ。

この山崎寿司は最近三代目になる息子が店を手伝っているため、念入りに取材することと課長から言われている店だ。

昼の時間はランチタイムで忙しいため、今日の最後に取材の時間を調整していた。

雫「なんで地図があるのに迷うのかしら私」

その時一匹の猫が近くを通った。

雫は猫に近づくと、

雫「猫くん道教えてくれない? 私山崎寿司に行きたいの」

猫「みゃー」

雫「って教えてくれるはずないか」

雫はしゃがみこんで、猫の頭を撫でた。

すると、首飾りに“山崎寿司”と書いてあることに気づいた。

雫「あれ、君は山崎寿司さんの」

猫「みゃー」

いきなり猫が走り出す。

雫「ちょっと猫く~ん、待って!」

雫も猫の後を追う。

第一商店街を抜け第二商店街の境目まで行くと、猫は突然塀に上り姿を消した。

雫「ちょっとー」

雫は背伸びして、塀の奥を見る。

すると、塀の割れ目から、“寿司”という文字が見える。

雫「あった!」

 

○山崎寿司

準備中の看板がかかったドアを開け暖簾をくぐると中には当たり前だがお客の姿はなかった。

するとカウンターの方から、この店の人の声が聞こえてくる。

山崎「ありゃ、お客さんまだ準備中ですので」

雫「あの私本日取材の件で聖蹟出版からまいりました」

雫は急いで名詞をカバンから取り出そうとするが見つからない。

山崎「あ、月島雫」

雫「え!? なんで私の名前を?」

山崎「さてどうしてでしょう?」

雫「図書カード?」

山崎「なわけあるか」

雫、山崎の顔をまじまじとのぞき込む。

山崎帽子をとると、帽子を胸に当て、

山崎「バチコーイ!」

雫「(驚き)あ、ああ!」

そこにはかつて裕子にラブレターを出した山崎の姿が。

 

***

 

雫カウンターに腰かけている。

雫「まさかあんたがこんなところで働いているなんて実家寿司屋だったんだ?」

山崎「ああ、俺で三代目、親父はまだピンピンしてんだけど、野球辞めたお前に生きる価値なんてないからとっとと店出ろ! だとよ」

雫「ふ~ん。そうなんだ」

山崎「すごいよな杉村、今や希望の星だよな」

雫、店に飾ってある野球チームの写真に目をやる。

雫「野球いつまでやってたの?」

山崎「甲子園三回戦九回の裏までだ、……杉村とは中学の時からバッテリーでよ、同じ高校に進学して甲子園に……今ではいい思い出だよ」

雫「プロにならなかったんだ?」

山崎「俺くらいの選手は毎年星の数ほど現れて引退していく。だけど杉村はドラフトにかかった。……最後の夏、あいつの球を受け止めて握りこんだミットの感触は今でも忘れない……」

雫「すごいな~」

山崎「今じゃここで寿司握ってるけどな、……あいつもたまにフラっとここに食べにくんだぜ」

雫「へ~」

山崎「あとは奥さんもらって子どもに野球教えてってのが俺の人生かな」

雫「てことはまだ結婚してないんだ?」

山崎「当たり前だろ! まだ二十歳だぜ俺ら」

雫「じゃあ彼女は?」

山崎「彼女ね~、これっていう女がいないんだよ、今の今まで」

雫「またまた~、中学時代裕子にラブレター渡したくせに」

山崎「裕子? 誰だ裕子って?」

雫「え? 原田よ原田裕子」

山崎「原田?」

雫「あんた最低、これだから男は、女の気持ちなんてなんも考えないんだから!」

雫は席を立ち出口へと向かった。

山崎「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

山崎すかさず、出入り口へ立ち雫を通せんぼ。

雫「じゃまよ!」

山崎「原田って、あのそばかす顔のおさげの」

雫「いまさら、あんた好きだった女の子の顔忘れたの!?」

山崎「いや好きっていうか」

雫「はは~ん、さては大将照れかくしでしたか」

山崎「いや照れるもなにもむしろ、嫌いだあいつは」

雫「え、何?」

山崎「だから嫌いだったんだ原田」

雫「嫌い! じゃあなんでラブレターなんて出したのよ!」

山崎「それは、杉村の……」

雫「なに!?」

山崎「話すと長くなるぞ……とりあえず座れよ」

そういうと雫はカウンターに腰かけ、山崎もカウンターに戻った。

山崎「何か食うか?」

雫「ごまかさないでさっさと話しなさいよ」

そういわれ、山崎はぽつりぽつりと語りだした。

山崎「お前杉村のことどう思ってた?」

雫「そりゃあ、プロ野球選手なんてすごいなって」

山崎「ちげーよ、中学生の頃だよ」

雫「中学生の時? そりゃ頭は悪いし、容量も悪い、不器用だし、ただの野球バカで、野球しか頭にない」

山崎「ああそして、お前が好きだった……」

雫「……でも裕子が杉村のこと」

山崎「お前、隣の芝は青く見えるってことわざ知ってるか?」

雫「……」

山崎「お前杉村の気持ち気が付かなかったのか?」

雫「気づくわけないよ、アイツはただの友達で」

山崎「嘘つけ、俺たち野球部は、いや、ほかの奴だって気がついてたさ、そしてお似合いだと思った、いや、はたから見ればカップルにだって見えてた」

雫「そんなわけないよ」

山崎「いいか、恋愛に予約制度はないんだ」

雫「私の話はいい、それが裕子にラブレターを出したことと何の関係があるっていのよ!」

山崎「原田の奴は、杉村と話したことはあるのか?」

雫「え、あると思う……たぶん」

山崎「たぶんだ?」

雫「いや、話してた」

山崎「いや話してないね、話すっていうのは、お前と杉村みたいなことを言うんだよ」

雫「……」

山崎「仮に杉村と原田が会話をしてたとして、そこには必ずと言っていいほどお前がいたはずなんだ、なぜかって、杉村はお前に話しかけに来てるんだからな」

雫「そんなの」

山崎「毎日毎日、杉村がお前に目を輝かせながら話しかけに来た、二人は楽しそう、まるで夫婦みたいに仲がいい、現に俺たちはお前と杉村がもうすでにデキてるんじゃないかとすら思っていた、さっきも言ったろ? ……しかし杉村は誰にも、バッテリーを組んでる俺にすら、お前のことが好きだなんて口にしなかった。しかし野球をしているときの目とお前と話してる時の目は一緒だった。」

雫「……」

山崎「楽しそうに会話をするお前らを見ていて原田はこう思ったんだ、私にもこういう人が欲しいな~、潜在的に思っただけで本人は意識してないかもしれない、だがお前らがうらやましかったんだ」

山崎「大方、受験も近かったし、だれか好きな人と励ましあって乗り切れたらな~、なんて少女漫画や安っぽいメロドラマみたいなことでも考えてたんだろうよ」

雫「……」

山崎「そして原田は“杉村が好きだ”とお前に言った、何も好きになるような具体的なエピソードすらないのに」

雫「そんな、一目ぼれだったかもしれないじゃない」

山崎「いや、杉村は今となっちゃープロ野球選手だが、あんときはまだクロチビだし、一目ぼれするような容姿はしてない、足だって野球部で一番遅かった、そしてお前も知っての通りのバカだ」

雫「……」

山崎「そして、そんなときにアイツが現れた、天沢聖司だ」

山崎「杉村の恋は原田によって壊され、お前は天沢と頻繁に出かけるようになった」

雫「それは」

山崎「俺は毎日気丈にふるまってはいるが、肩を落として真摯に悲しむ杉村の気持ちが伝わってきた、だがあいつは、毎日楽しそうにデートするお前と天沢を見ても誰にも話さず、唇をかみしめ続けたんだ、だがよ、バッテリーってのは夫婦同然、あいつが放る球がよ、ミットに刺さるたびに、俺悔しくて悔しくて」

山崎「俺はお前と天沢が付き合うずいぶん前に、原田が杉村に好意を抱きだしてるんじゃないかと気が付いたんだ、いやお前と杉村の関係を羨ましがってるんじゃないかって」

雫「それでラブレターを裕子に渡したの?」

山崎「ああ、だけどすぐに遅かったって気が付いた、そうあの日」

雫「あの日?」

山崎「あれはグランドの横のベンチでお前と杉村が話してた時、確か野球のバックを取ってくれって杉村がお前に頼んでた時……その隣の原田の様子を見て、これはまずいと思った、もう手遅れかもしれないと……仮にもしお前に原田が、杉村のこと好きなんて言ってみろ、お前と原田は親友同士、親友の好きな人とは付き合えない、とたいていの奴なら考える。そうすると杉村の恋は絶対叶わなくなっちまう、もし付き合いでもしたら、私の気持ち知ってて杉村に手を出したんでしょ?ってなるんだ絶対!」

山崎は帽子を取りカウンターにたたきつけた。

山崎「お前と天沢が付き合う前に、原田がお前に余計なことを言う前に、原田の気を誰かにそらせないかって、それで俺は原田裕子にラブレターを渡したんだ」

雫「……そんな、……ちょっと待って、なんで、好きでもない裕子に杉村を通じてラブレターの返事を催促したのよ? 陰で裕子に答えを聞けばよかったじゃない、それかどうでもいいならそのままなかったことにだってできたはず」

山崎「いや、あそこで杉村に聞きにいかせることに意味があったんだ、杉村が原田に友達からのラブレターの返事をくれって言うことは、つまり、俺は友達を裏切らない、だから原田とは付き合えないの意思表示になると思ったんだ」

雫「それって」

山崎「ああ、原田裕子が杉村のことが好きとお前に言う前に先手を打ったつもりだった、原田がお前に変なことを言う前に、俺が原田にラブレターを出すことによって、原田の野郎が使った俺たち野球部の間で言われている“恋愛勝手に予約制度”を俺が逆にしかけたんだ」

雫「“恋愛勝手に予約制度”……そ、そうだったんだ」

山崎「だけど、原田の野郎が俺よりも先にお前に“恋愛勝手に予約制度”を発令してたんだ!」

 

雫「あんたなんかとんでもないこと言ってるけど、裕子がどんな気持ちであの時いたかわかる?」

山崎「杉村がどんな気持ちだったかお前にわかるか!? 裕子は何もしない、ただお前に話しかける杉村を見て、ああいう彼氏ほしいな、いいな幼馴染って、青春の一ページの甘い切ない気まぐれの恋として欲っしていただけなのかもしれない、だが杉村の恋はそんなちっぽけものじゃなかったはずだ」

雫「……」

山崎「仮にだ、もし仮に、原田の野郎がお前に杉村のことが好きだって言わなかったらどうだった?」

雫「どうって」

山崎「そうしたら天沢は現れない、帰宅部で親が開業医のボンボンの嫌な奴で終わったはずなんだ」

雫「そんなことない私と聖司は」

山崎「そんなことあるね、お前あの時天沢に会うまでは、これと言って好きな奴なんていなかったんじゃないか? 最初天沢に会った時は、なんか嫌な奴だなとか思ってたんじゃないのか? アイツはちょっと昔っから近寄りがたい感じがあったし」

確かにそうだと雫は心の中でかつての自分を回顧した。

初めて聖司と会ったときは、ベンチに置き忘れた本を勝手に読まれて、自分の作った詩をバカにされたことを雫は思い出した。

山崎「杉村を断る理由はないはずだ、とりあえず付き合ってみるってなったと思う」

雫「……」

山崎「そして、本ばかり読むお前は思う、杉村ってこんな男らしいとこあったんだ、好きな人ができましたってな」

 

雫「そ、そんなことない、裕子だって」

山崎「大方、今でも原田の野郎は同じような恋愛をしてるんじゃないのか? いやしてる断言できる、あの手のタイプの奴は同じ過ちを犯す、そしてこういうんだ、私男運ない、どっかにいい男いないかなって」

雫「……」

山崎「ところでお前今付き合ってるやつとかいるのか? 天沢とはもう終わったんだろ?」

雫「……」

山崎「付き合ってるのか!? え、でもお前この前俺テレビで」

雫「もううるさいわね、今日はこれでおしまい、また今度来る!」

そういうと雫は暖簾をくぐり店を出て行った。

 

“耳をすませば”の続編“耳をすまして” 第一幕 夢への旅立ち

○空港搭乗ゲート前

中学を卒業した聖司は高校には進学せず、イタリアのアトリエでバイオリン作り見習いとして修行をするため本日旅立つ。

空港には、聖司のおじいさんである西伺朗、そして雫が見送りに来ている。

聖司「ありがとう雫」

雫「うん」

聖司「俺悲しくなったり、辛いことあってもお前のあの歌うたって頑張るからな」

雫「うん私も頑張る、いっぱい手紙書く」

西「あとのことはフラメンコに頼んでるから」

聖司「ありがとうじいちゃん、雫も頑張れよ」

雫「うん」

聖司「それじゃあ」

こうして聖司は夢に向かって旅立った。

 

○イタリア空港

ゲートから出てくると、聖司に向かって手を振っているイタリア人が、

イタリア人は聖司の名前を呼んでいる。

聖司「あ、フラメンコ?」

フラメンコ「おー、西のお孫さん」

聖司「はい」

フラメンコ「そんなかしこまんなくて大丈夫ね、私日本語話す、さあさあ、車外に止めてあるだから」

聖司とフラメンコは駐車場につくと車に乗り込みアトリエへと向かう。

車の窓からは、イタリアの街並みが次々と流れてくる。

聖司はこれだけで何か少しだけ自分の感性が磨かれているような、そして、少しだけ自分の夢に近づいているような気がした。

小一時間ほど車を走らせると、すぐにアトリエの前についた。

フラメンコ「じゃあ、私はここまでね、アトリエの上があなたの部屋、302号室、詳しいことは明日また説明するから今日はゆっくり休む」

聖司「ありがとう」

フラメンコは帰っていった。

木でできたドアをノックしたが、返事がないので、聖司はドアを開けてアトリエに入った。

中には地球屋とは比べ物にならないくらいの、見事なバイオリンがたくさんつるされていた。

聖司はアトリエに入ると、さらに部屋の隅々を観察するように歩き回る。

机の上には、目の覚めるほど綺麗な女性の写真が置かれていた。

その時、外から誰かが入ってきたので聖司は振りかえった。

まるでモデルのように綺麗な女性だ。

聖司の人生でこれほどまで綺麗な女性は見たことがなかった。

その女性はカトリーナ・フランチェスコという女性でプロのバイオリニストである。

カトリーナ「おばあちゃんどこにいるか知ってる?」

聖司「ああ、ごめん今日からなんだ」

聖司の頬が少し赤くなった。

カトリーナ「そう……」

 

 

 

それから聖司と雫は、手紙でお互いの近状を知らせあった。

 

○図書館 雫 高校一年生

雫は机で手紙を書いている。

聖司へ、とうとう図書カードがなくなりバーコードになりました。

 

○アトリエ 聖司 17歳

聖司手紙を書いている。

今日初めて、バイオリンを触らせてもらえたよ、雑用ばかりだったけどこれからますます自分の腕を磨いていこうと思う。

 

○図書館 雫 高校二年夏

雫は図書館の机で手紙を書いている。

今日は花火大会がありました。そちらでも花火大会などはありますか?

 

○アトリエ 聖司 18歳

聖司はアトリエで手紙を書いている。

まだまだ半人前だが、ようやく人に見してもいいレベルのバイオリンが作れるにようになったよ。

○ 雫の部屋 雫 高校三年生 夏

雫手紙を書いている。

進路が決まりました。とりあえず短大に行こうと思います。

この前のコンペは二次で落ちたけど、まだまだ頑張ります。

聖司も就職頑張ってね。

 

雫は手紙から顔を上げると、窓のカーテンを開けた。

歩道には浴衣を着た若いカップルが花火大会に行くために歩いていたり、はたまた、自転車を二人乗りしているカップルなどが見える。

その時、空に花火が打ち上げられ夜空に満開の花を咲かせた。

キッチンから、母、月島朝子が雫を呼ぶ。

朝子「雫ごはん、雫、起きてるの!?」

朝子「しずくー! さめちゃうわよ!」

雫「わかった、もううるさいな!」

 

リビングのテレビでは、高校球児特集で杉村の映像が流れている。

スタジオジブリ “耳をすませば”の続編 “耳をすまして” 

皆さんこんちはダイヤです。

皆さんはスタジオジブリの作品は好きですか?

先日、金曜ロードショーにて“耳をすませば”が放送されました。

数あるジブリ作品の中でもこの作品が一番好きという方も多いと思います。

この作品は、主人公の一人である天沢聖司の声を、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの俳優、高橋一生さんが担当したことでも有名ですよね。

甘い中学校生の青春ラブストーリーに胸をキュンとさせた方も多いと思います。

私はいつもこの映画を見るたびに、杉村はなんていいやつなんだと感心します。

そこでいきなりなんですが、“耳をすませば”の続編、“耳をすまして”を勝手に書いていきたいと思います。